『ポゼッション』の個人的な感想・考察
『ポゼッション』の個人的な感想・考察
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①『ポゼッション』(2012年・アメリカ/カナダ・監督:オーレ・ボールネダル、製作:サム・ライミ)
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② あらすじ(起承転結・ネタバレあり)
【起】
物語の冒頭、一人暮らしの老女が古い木箱から聞こえる囁き声に怯えている。
明らかに普通の箱ではない。
老女は箱をハンマーで破壊しようとするが、その瞬間、見えない力によって身体を激しく捻じ曲げられ、重傷を負ってしまう。
この時点で、箱に宿る存在がただの幽霊や弱い呪物ではなく、非常に強力な何かであることがわかる。
一方、離婚したばかりのクライドは、元妻ステファニーとの間にいる二人の娘、ハンナとエミリーと週末を過ごしていた。
夫婦関係は終わっているものの、クライドと娘たちの関係は良好。離婚後も父親として娘たちと関わり続けている。
そんなある日、親子はガレージセールへ立ち寄る。
そこでエミリーが見つけたのが、例の木箱だった。
箱には奇妙な文字が刻まれ、簡単には開かない仕組みになっていたが、エミリーは強く惹かれ、クライドに買ってもらう。
しかし、それ以降、エミリーの様子は急速に変わり始める。
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【承】
エミリーは箱への執着を強め、性格も次第に攻撃的になっていく。
食事中の異常行動、周囲への暴力、不可解な虫の発生。家族が知っていたエミリーとは明らかに違う何かが、少しずつ表へ出てくる。
クライドは娘を心配するが、周囲からは逆に父親側が疑われる。
エミリーの身体に傷が残ったことから、クライドが暴力を振るったのではないかと見られ、元妻との関係もさらに悪化。娘との接触にも制限がかけられる。
本人は何もしていないのに、娘を守ろうとすればするほど追い詰められていく。
それでもクライドは自暴自棄にはならない。
箱の正体を自分で調べ始め、刻まれた文字や構造からユダヤ教の伝承へたどり着く。
そして、あの箱が「ディブク・ボックス」と呼ばれる、悪しき霊的存在を封じるための器であることを知る。
つまり、エミリーがおかしくなったのではない。
箱に封じられていた何かが、彼女の中へ入り込んでいる。
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【転】
エミリーの状態はさらに悪化する。
病院でMRI検査を受けると、画像には彼女の体内に異様な人影のようなものまで映り込む。
かなり直接的な演出だが、「本当に中に何かいる」ということを一発で見せる画としては非常にわかりやすい。
クライドはユダヤ教コミュニティへ助けを求める。
当初は危険すぎるとして協力を拒まれるが、若いユダヤ教徒ツァドクがクライドたちを助けることを決意する。
調査によって、箱の中に封じられていた存在の名が「アビズー」であることも判明する。
そして病院で悪魔祓いが始まる。
当然、簡単にはいかない。
アビズーはエミリーを激しく苦しめ、彼女の身体を使って抵抗する。
悪魔の真名を呼び、箱へ戻そうとするツァドク。
娘を救おうと必死になるクライド。
そして最終的に、クライドはアビズーを自分へ移すよう訴える。
悪魔はエミリーから父親へ移り、ツァドクはその隙に封印を完了させる。
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【結】
アビズーは再び箱へ封じられ、エミリーは救われる。
離婚によって崩れていた家族関係も、この一件を経て再びつながりを取り戻す。
少なくとも、この一家にとっては救いのある結末。
しかし、悪魔そのものが消滅したわけではない。
ツァドクは封印した箱を安全な場所へ持ち帰ろうとする。
今度こそ適切に管理されるはずだった。
ところが、その途中で車が突然事故に遭う。
箱は再び人の管理から外れる。
中からは、あの囁き声。
つまり一家は救われた。
でも、アビズーには勝っていない。
箱は再び次の所有者を待つ。
呪物そのものの物語は、まだ終わっていない。
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③ 考察・感想・まとめ
『ポゼッション』。
初見。
噂には聞いていたし、名作として挙げられることも多い作品。
まず最初に思ったのは、
「貴様!! ニーガン!?」
だった。
ジェフリー・ディーン・モーガンを『ウォーキング・デッド』のニーガンでしか知らなかったので、普通に良い父親を演じている姿がかなり新鮮だった。
もちろん本人らしい体格や立ち方は残っているけど、仕草や視線、家族との距離感はちゃんと別人。
「役者ってすごいな」と素直に思った。
ニーガンの印象が強烈すぎるのに、ちゃんとクライドという父親に見える。
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映画そのものは、かなり整理されている。
冒頭で箱の危険性を一発で見せる。
家族を紹介する。
娘が箱を拾う。
異変。
家庭崩壊。
父親が調査。
ユダヤ教へ。
悪魔祓い。
一度は家族が救われる。
でも悪魔は残る。
92分という尺の中で、必要な要素をかなり効率よく詰め込んでいる。
テンポもいい。
何をやっているのかわからなくなる部分もほぼない。
この安定感はかなり強い。
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サム・ライミは監督ではなくプロデューサーだけど、見せ場の作り方にはそれらしい勢いがあった。
冒頭のおばさんの身体がバキバキに破壊される場面からして、かなり派手。
MRI画像に悪魔が映るところも、繊細な心霊描写というより、
「ほら、本当にいるぞ!」
と真正面から見せてくる。
この映画には、そのくらい直接的な演出が合っていたと思う。
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箱については、エミリーが偶然選んだというより、
**箱のほうが次の所有者を選んでいる**
と考えたほうがしっくりきた。
前の所有者である老女は、箱の危険性を理解していた。
それでも箱は処分され、ガレージセールへ流れ着く。
その結果、エミリーが手に取る。
最後も同じ。
一度封印されたあと、ツァドクが安全に持ち帰ろうとしたところで交通事故が起き、箱は再び自由になる。
つまりアビズーは、箱の完全な内部に閉じ込められているわけではないように見える。
箱の外へも多少なりとも影響を及ぼし、不幸や偶然を呼び寄せながら次の持ち主へ渡っていく。
だから冒頭からして、
「これ、封印しきれてないじゃん」
となる。
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それでも作品としては、あの終わり方で正解だったと思う。
家族は救われた。
でも悪魔そのものは倒していない。
完全勝利ではない。
この一家の物語には救いがある一方、呪物としての恐怖はそのまま残る。
ここはかなり好きだった。
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一方、作品最大の引っかかりは、
**なぜアビズーがエミリーからクライドへ移れたのか。**
ここ。
父親が娘を助けるために、
「俺に来い」
と自分を差し出す。
ドラマとしては熱い。
『エクソシスト』のカラス神父を強く連想する場面でもある。
ただ、設定として考えるとかなり甘い。
なぜ父親が望めば移動できるのか。
アビズー側には、健康な大人のクライドへ乗り換えるメリットがあるのか。
真名を使ったことで強制的に移動させられたのか。
親子の絆そのものが媒介になったのか。
そのあたりが説明されない。
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『エクソシスト』でも、カラス神父はリーガンから悪魔を自分へ移し、そのまま自ら命を絶つ。
でも、あちらではカラス神父という人物の信仰、迷い、自己犠牲が物語全体を通して積み上がり、最後の行動そのものが作品の核心になっていた。
『ポゼッション』はそこをかなり短く、感情の勢いで突破する。
だから、
「演出としては決まってる。でも理屈は?」
が残る。
ここはサム・ライミ関連作で時々感じるところでもある。
画として強い。
迫力もある。
でも、一歩踏み込んで設定を見ると穴が残っている。
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それと、この作品は「ユダヤ教ホラー」「ディブク・ボックス」という特殊性をかなり前面に出して宣伝されることがある。
『ジェーン・ドウの解剖』や『ウィッチ』、『ミッドサマー』のような、馴染みの薄い信仰・宗教・儀式の世界を覗く異色ホラーとして語られることもある。
ただ、実際に見てみると、
そこまで特殊ではなかった。
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ディブク・ボックス。
ユダヤ教。
真名。
祓い。
確かに入口は珍しい。
でも、作品そのものはかなり王道の悪魔憑きホラー。
ユダヤ教の宗教観や神秘思想を深く掘り下げるわけではないし、そこを理解すること自体が映画体験になるほど特殊な世界を作っているわけでもない。
『ジェーン・ドウの解剖』なら、遺体を解剖するたびに宗教や魔女裁判、身体に刻まれた異常が謎そのものとして深まっていく。
『ウィッチ』や『ミッドサマー』も、信仰や共同体そのものが作品世界を支配している。
『ポゼッション』はそこまではいかない。
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だから、
**「特殊な宗教ホラー」ではなく、
「ディブク・ボックスとユダヤ教を使った、王道の悪魔憑きホラー」**
くらいが一番しっくりくる。
広告の売り方と中身が少し一致していなかったんだと思う。
でも、それは作品そのものの欠点ではない。
むしろ特殊性を期待せず普通の悪魔ホラーとして見るなら、かなりバランスがいい。
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離婚家庭を扱ったドラマも悪くなかった。
夫婦としては終わっている。
でも父親と娘の関係まで終わったわけではない。
クライドは離婚後も父親として娘たちと関わり続け、娘がおかしくなれば最後まで助けようとする。
途中、エミリーへの暴力を疑われ、娘から引き離されても諦めない。
ヤケクソにもならない。
自分で調べて原因へたどり着く。
ここが主人公としてかなり好感を持てた。
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DVの疑いが出た段階で、かなり素早く子どもを守る方向へ制度が動くのも印象的だった。
クライド本人には気の毒だけど、子どもの身体に異常があり、父親に疑いがあるならまず距離を取らせる。
映画として父親を孤立させるためだけではなく、現実的な制度の反応としても見られるので、そこまで不自然さを感じなかった。
その状況から父親が自分で真相を追っていくため、物語もスムーズに進む。
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そして最後まで見て感じたのは、
**非常によくまとまっている。でも、そこまで伝説的な名作かというと、私はそこまでは感じなかった。**
ということ。
悪いところは少ない。
一点の大きな穴を除けば、特に不自然なところもない。
尺。
テンポ。
家族ドラマ。
怪異。
調査。
悪魔祓い。
ラスト。
全部きれいに収まっている。
だから安定して面白い。
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ただ、設定そのものが圧倒的に新しいわけではない。
ユダヤ教要素も思ったほど深くない。
悪魔のルールにも少し甘さがある。
『エクソシスト』のような宗教と人間ドラマの厚みまであるわけでもない。
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なので私の中では、
**「特殊な宗教ホラーの傑作」というより、
「非常によくまとまった、安定感のある王道悪魔憑きホラー」**
という評価になった。
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めちゃくちゃ怖かったわけではない。
ものすごく独創的だったわけでもない。
でも普通に面白い。
テンポもいい。
ジェフリー・ディーン・モーガンも良かった。
サム・ライミらしい派手な見せ場も作品に合っていた。
そして最後まで一家を救おうとする父親の話として、ちゃんと一本筋が通っている。
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売り方と中身には少しズレを感じたけど、映画そのものの出来栄えは変わらない。
**悪魔憑きホラーとして、かなりバランスよく作られた一本。**
最終的には、そんな印象でした。
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