22 頂上決戦――ゼロ距離CQC


『Fバン!!』

著:木耳 骨

全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。

▶ 本編全24話・目次はこちら

[『Fバン!!』ハブ投稿]



 22 頂上決戦――ゼロ距離CQC

 

体育館――。

さっきまで四人が暴れ回っていた広い空間を、今は二人だけが歩いている。

周斗。

及川。

どちらからともなく、跳び箱や大型マット、簡易壁の密集した一角を離れた。

体育館の中央。

比較的、障害物の少ない場所。

そこへ向かう足取りまで、まるで申し合わせていたかのようだった。


そして――

二人が止まる。

距離――ほとんど、ゼロ。

互いに腕を伸ばせば、その手へ触れられる。

一歩踏み込めば、身体がぶつかる。

Fバンという競技において、あまりにも近い。

近すぎる距離。

だが――

二人とも離れようとはしなかった。

ポイントなど、もう考えてはいない。

周斗は残り1。

及川は残り2。

本来ならば、どちらも一発の被弾が致命傷になり得る。

周斗は、腕でも脚でも次の一発で終わる。

及川も、胴なら一発。腕や脚でも、もう後がない。

そんな計算はいくらでもできる。

だが、この二人が欲しいのは――

そんな勝ち方ではなかった。

――ただ勝つ!!

相手を倒す――完全に――最後まで!

それだけだった。


体育館から音が消えていく。

観客席のざわめきも。

スタジオの実況も。

――遠い。

二人の間に張られた空気だけが、異様な密度を持って残る。

まるで居合い――

刀を抜く前の真剣勝負。

周斗が、ゆっくりと右腕を上げる。

及川も動く。

距離だけを見れば――DRAW。

最速の一撃を抜いた者が、そのまま決めてもおかしくない。

だが、及川は腰へ手を落とさない。

抜き撃ちの構えを取らない。

右腕。

左腕。

二本を身体の前で交差させる。

銃とナイフを同時に扱う近接戦闘のような構え。

しかし――

その両手には、銃も刃物もない。

代わりに、右も――左も――

人差し指だけが立っている。

二刀流。

至近距離では、その二本の指そのものが武器になる。

周斗も、よく似た構えを取った。

右手――人差し指――通常のFバン。

だが左手は――

開いている。

掌――BOMB――SLASH――拡散。

まったく性質の違う二つを、同時に構える。


自然と生まれる静寂の間――

互いの目が動く。

指を見る――肩を見る――腰を見る――足を見る――呼吸を見る。

先に撃つなら――

当然、周斗が不利だ。

集約が遅い。及川を相手取るには、あまりにも遅い。

先ほどの30メートルの一撃は、長い準備時間があったからこそ成立した。

たとえ通常のFバンであっても、この距離――この相手――。

簡単にそんな時間など、くれるはずがない。

だからなのか――

及川が、小さく息を吐く。

そして――


「いくぞ」

――及川の宣戦。

周斗の口元が、わずかに上がった。

次の瞬間――

Bang!

及川の右――周斗の顔面へ。

――速い!

けれども周斗は足を動かさない。

上半身だけを横へ倒す。

――パルスが頬のすぐ横を抜けた。

その姿勢のまま――

Bang!

今度は及川の左撃ち。

間髪入れない。

周斗が床を蹴った――横へ。

そのまま身体を丸める。

そして肩から転がり、及川の側面――さらに背後へ抜けるように一回転。

起き上がりざま――右手が伸びる。

Bang!

だが――

寸前、及川の手が、その手首を掴む――射線が外へ流れる。

パルスが何もない宙へ抜けた。

掴まれた――普通なら、一瞬止まる――だが周斗は止まらない。

手のひらを大きく開いた。

掴まれた側の手を大きく開き、親指を外側へ向け――手首を外側へ振り切る。

肘――肩――身体。

一か所だけで逃げるのではなく、全身を連動させて拘束の方向そのものを変える。

合気道における基本技――"転換"からの抜き手“

及川の指が外れる。

その瞬間――

振り切った回転の余力で、そのまま周斗は左掌を及川の胴へ向ける。


バン!!


――BOMBだ。

ゼロ距離に近い拡散放出。

しかし――

及川の上体が、後ろへ大きく反れた。

格闘術の基本回避技――"スウェーバック"。

拡散したパルスが胸元をかすめる。

及川の髪だけが、わずかに揺れた。

そのまま及川が一歩下がる。

周斗も追わない。

二人とも――

再び構えた。

そして静寂の間が訪れる。


第一ラウンド。

ほんの数秒。

それだけで――

もう、互いにわかっていた。

一瞬でも判断を誤れば――終わる。

及川の肩が上下する。

周斗の呼吸も、少しだけ深くなる。

だがその目は――どちらも笑っている。

「やるじゃねぇか」

「そっちこそ」

そして再び――

距離が詰まる――ゼロ距離。

 

第二ラウンド。

今度は――

二人とも、すぐには撃たない。

じり。

じり。

ほんの数センチずつ。

前へ。

周斗の左掌が、わずかに動いた。

BOMB――その予兆。

及川の目が動く。

周斗が踏み込む――左――掌を向ける――

その瞬間だった。

パシッ。

及川の右手が、周斗の左手首を内側下方へ叩き落とした。

「――!」


バン!!


放たれたBOMBの拡散は――床――周斗の足元で空気だけが弾ける。

――同時に周斗の右が上がる。

五指が広がる――SLASH――

だが――

パシッ!

今度は及川が半歩踏み込み、左手で周斗の右腕を内側下方へ叩き落とした。

「っ――」

左右――両方――周斗の射線が消える。

その腕は、身体の下方で交差して押し込まれたまま、自身の腕で封殺されている。


ジークンドー――"トラッピング"。


周斗の目が、見開かれる。

――しくじった!

撃つのではない――殴るのでもない――腕を叩き壊すのでもない。

攻撃の軌道を、瞬間的に、かつ合理的に潰す。

相手の手――肘――腕――その動きを一瞬だけ塞ぎ込む。

及川が笑った。

「昨日の礼だ」

その言葉に、瞬時に周斗の脳裏に蘇る――

虎トラッカー戦。

あのとき――

周斗自身がトラッピングを使い、相手の腕を叩き、射線を潰し、懐へ入った。

それを――見ていた。

覚えていた。

そして――

あえて今、このタイミングで使ってきた。

まるで、「おまえにできることは俺にもできる」といわんばかりの、情け返しだ。

「――ちっ……」

そして、両腕が封じられた周斗の眼前へ――

及川の右人差し指。

かすかに遅れて左人差し指。

二本が、ほぼ同時に向く。

完全な射線――逃げ場はない――

しかし――

周斗の左右の掌が――

わずかに返る。

完全には上げられない。

だが――指を向ける必要はない。

掌さえ――向けばいい。


バン!!

バン!!


左右同時――二発のBOMBだ。

至近距離で放たれた拡散が、及川の両腕を下から押し上げた。

「っ!」

射線が跳ねる。

その一瞬――周斗が後ろへ飛ぶ。

二歩。

三歩。

ステップで距離を取る。

及川も追わない。

二人が――再び止まる。

及川はふぅーっと長く息を吐くと、再び不敵に笑った。

周斗はそれを、睨むように見つめる。


周斗の頭を巡るのは、及川の努力、その積み重ねだった。

FIELDという競技では、本来、打撃系格闘技は使いにくい。

相手へダメージを与える打撃そのものが、競技規則に抵触するからだ。

しかも競技者の多くは若い。

能力を使える時間そのものが短い。

限られた年月の中でFIELDへ適応しようとすれば、必然的に技術は絞られていく。

投げる――抑える――崩す――制御する。

つまり、柔道――レスリング――合気道――柔術。

そういった――相手を壊さず、身体を操る体系へ集約されやすい。

だからこそ、及川が今見せたトラッピングは――

異質で、周斗の予想を上回った。


本来、トラッピングは対角線となる手で対応する。

正面で向き合ったとき、右手での攻撃に対し右手で、左手での攻撃に対し左手でさばく。

これによって相手の攻撃を下方へ叩き落とし交差させ封殺しつつ、振り子運動で自分の次の手が自然と相手の眼前へ向けられる。

攻守一体、1秒に満たない刹那に攻撃の嵐を叩き込むための封殺。これが源流の理――“トラッピング・アート”だ。


しかし、及川のトラッピングは本来の形とは違っていた。

及川は周斗の左手を右手で、そして右手を左手で叩き落とした。

鏡写しの相手と同じ側にある手を使うさばき方。

通常、このさばき方では周斗の左手を落としたときに自身の右手も下方へ流れ、周斗の右手を左手で落とした際に下方にある自身の右手の振り子運動が淀み、手が詰まる――起こりの邪魔になってしまう。

けれども、及川はそうならないよう、アレンジしていた。

最初の周斗の左手を及川が右手で叩き落とした瞬間、及川の右肩が前に出て、左肩が後ろに引かれる。

この時点で、及川の左半身には次の動作を放つための強力な捻転のエネルギー、つまり溜めが蓄えられる。

そして周斗の右が上がった瞬間、及川は深く半身になりながら半歩踏み込み、後ろに溜めてあった左手で周斗の右腕を内側下方へ叩き落とす。

このとき、上半身が鋭く左旋回、つまり右肩が大きく後ろに引かれる動きになるため、直前まで下方にあった及川の右手の上に十分な空間が生まれ、起こりの邪魔にならないどころか、体幹の回転運動に引っ張られる振り子のように、自然と、かつ凄まじいスピードで周斗の顔面へと跳ね上がった。

ステップと体さばき。これを以て不完全さを補っている。


2ndの小虎戦で見せた周斗トラッピングは、自分の位置を変えず、触れた手の感触だけで軌道を逸らし、相手の慣性を利用して相手自身を障害物に変えて完全に無力化する正統派源流型。 

対して、及川のそれは、大きく半身になり、ステップと肩の連動を使って、肉体のフレームで強引に空間を作り、押し潰す、自己アレンジ型トラッピングだ。

周斗の源流型――相手の運動のエネルギーのベクトルを変え最大速度で攻撃へ転じる美しいトラッピング・アートとは違う。

及川のは、自身の力技で相手の動きを封じ込める、執念や泥臭さを感じる技だ。


完全に理想的なトラッピングの形ではない。

だがしかし――封殺と次の攻撃への準備が完了した時点で、これも一つのトラッピングとして成立している。


及川は三年間――

この日のために――

パルクール――器械体操――射撃――組み技――投げ技――

そして――

ジークンドーに見られるような、近接での相手の腕の制御、トラッピングまで、及川は自己流で修めていたのだ。


周斗は決して、及川を侮っていたわけではない。だが意表を突かれたのは確かだ。

Fバンは一発も決まってない。

だが、周斗の胸には、一本取られたかのような悔しさがあった。

三年間――たった三年間だ。

一体どれほど過酷な修練を積んだことだろう。

幼少より武道に勤しみ、さらにアクションスタントマン志望者として日々あらゆる格闘術や身体操作の修練に励む周斗にとっても、想像を絶するものだった。

――ただFIELDで勝つために。

周斗とは、技を修める動機が違う。

FIELDへの執念の塊――それが“オールド”という存在なのだ。


「バケモノめ」

周斗が吐き捨てる――だが、それは尊敬と畏怖を込めた言葉だ。

及川が歯を見せて笑う。

「おまえもな!」

及川もまた、周斗を認めていた。

FIELD初参戦――ビギナー――ボーイスカウト。

通常のFバン能力に恵まれなかった、残念なやつ――

だがしかし、その弱点を補って余りある極めて高水準な身体操作と武術、そしてパルス能力の発想と工夫をひっさげて――

今――自分の前にただ一人、立っているのだ。

“ボーイスカウト”――オールドにとって、最強の座を取り合う好敵手として、その二つ名は刻み込まれていた。


また――

静かになる。

さっきまでよりも深い、深い静寂の間。

探り合いは終わりだ。

同じことを考える二人。

次ですべてを出し切るべく、緊張と集中が――頂点に達する。


二人の間にできた数メートルが。

ゆっくり。

ゆっくりと。

消えていく。

 

第三ラウンド。

再び――

ゼロ距離。

呼吸――重心――目線――指――全部を見る。

今度は――

周斗から仕掛けた。

五指が開く――SLASH!


ババババン!!


五本の弱い射線が、扇状に広がる。

及川が沈む――腰を落とす――

そしてそのまま――回る。

周斗の射線の下へ潜り込むように身体を回転させ、その足が周斗の足元を払った。

「っ!」

周斗の重心がほんの少し浮く。

倒れはしない。

だが――

一瞬――わずかに体勢が崩れる。

それだけで十分だった。

及川は回転の勢いを殺さない――そのまま立ち上がる。

右――Bang!

左――Bang!

二連射。

周斗は腕が上がるのを見た。

――二発くる――今の体勢――無理だ。

かわし切れない。

だから――


バターン!!


周斗が床へ落ちた。

倒れるように、上半身を横へ逃がしながら、一気にうつ伏せへ。

床をつく足は滑るように後ろへ跳ねる。

一瞬のうちに這いつくばる体勢へ――

柔道の基本の受け身――前受け身だ。

二発のパルスが、さっきまで頭のあった宙を貫く。

「いい判断だ!だが――」

及川が笑う。

だが追撃の手は止めない。

Bang!

床の周斗が、伏せたまま、寝たまま、横へ転がる。

ゴロッ。

Bang!

さらに転がる。

ゴロゴロと。

ほとんど子供のようにも見える――

だが――命中しない。

そもそもオールドは身体のどこかへ当てようなどとは考えていなかった。

狙うのは頭部のみ――決めるのはヘッドショットだ。

それは周斗も同じだった。

だから、互いに、確実に頭部へ撃ち込める状況を、先に作ろうとしている。

周斗が片手を床につく――起きる。

その瞬間――

重さ――上半身へ。

「――っ!」

及川が馬乗りになった――"マウントポジション"。

周斗の腰へ跨がり、完全な馬乗りだ。総合格闘技なら、そのまま頭部へ向けて拳を打ち込む、有利な体勢――

だがこれはFIELD――

及川の右手が上がる。

人差し指――頭――ゼロ距離。

――終わりだ!

そう思ったが――

周斗の右手が――無造作に開く。

五指――


バババババン!!


――SLASHだ。

「っ!」

及川が上体を反らし、五本の射線は顔の前を抜ける。

その瞬間――

周斗の左掌。


バン!!


――BOMB。

及川の胴へ直撃する。

直接得点にはならない。

だが――

「ぬおっ!」

及川の身体が、ほんのわずかに浮いた。

それで十分――

周斗が腰を抜く――肩を捻る。

及川の脚の間から、するりと身体を滑らせる。

逃げる――違う!

回る――及川の背後へ立ち上がりざま――回り込み――

両腕を上から抱え込む。

上手――周斗。

下手――及川。

完全な力比べへ持ち込んだ。

「ぐっ――!」

及川が腰を落とし、重心を下げる。

周斗の拘束へ身体を預けるのではなく、その力を利用する。

柔術――

腕――肩――腰――崩して――投げる。

その"起こり"。

瞬間――

周斗は及川の腕へ、自分の掌を――当てた。

「――!」


バン!!


――BOMB。

得点ではない。

だが、技へ入ろうとした瞬間の――崩し。

及川の肘が浮き、腰の位置がずれる。

――重心が泳ぐ。

「くそっ……!」

柔術の形が消えた。

だが――

及川は止まらない。

技が駄目なら――

力――腰――背中――脚――全部で――。

「うおおおおっ!!」

及川が身体ごと強引に前に回った。

周斗の足が――浮く。

「なっ――!」

持ち上がる――そして――投げる。

周斗の身体が宙を舞った。

一回転――床。

だが――周斗は落ちない。

足から着地――

及川も身体を起こす――

同時だった。


二人が――向き合う――

指が――

及川。

周斗。

互いの頭へ――

ほとんど同時。

距離――

わずか数メートル。

状況は――DRAW。

速い方が勝つ。

そして――

わずかに。

ほんのわずかに。

及川の方が――早い。

「――もらった!」


Bang!


撃った――決まる――誰もがそう思った。

周斗も。

及川も。

だが――

横から――何かが飛び込んできた。

「――っ!?」

人影――小さい――速い。

その身体が――

周斗へ飛びついた。

「うわっ――!」

周斗の身体が横へ倒れる。

及川のパルスが――

その頭上を抜けた。

「なっ――!?」

及川の目が見開かれる。


誰だ――いや違う――知っている!――いた!――いつから?――最初からいたに決まってる――最初からこの体育館に。


「――愛理!?」

周斗が声を上げる。

三条愛理。

24番。

及川は――

完全に失念していた。

少佐との戦いが長かった。共闘を終え、ようやく――ようやく周斗二人で、Fバンを交える。

その時間が楽しかった――

そして、目の前の周斗のこと以外――考えたら負ける。

そんな状況だった。


愛理は周斗へ飛びついた勢いのまま、二人一緒に床へ倒れ込む。

だが――

及川は止まらない。

驚いたのはほんの一瞬。

フィールダーとしての身体が――先に動く。

右が撃った。

なら――

左。

人差し指が向く。

狙うのは――ボーイスカウト。

倒れた――動けない――今!!

しかし、それは同時だった。

床へ倒れた周斗も――

右腕を上げていた。

狙いはオールド――。

指先は――頭部へ。

二人の視線が――

交わった。

一瞬――

及川が笑った。

周斗も。

そして――


Bang!

Bang!


二つの射撃音が――

ほとんど。

重なった。

周斗の一撃。

真っ直ぐ。

オールドの――

額へ――

――命中!!

それと同時に、すでに放たれていたオールドの最後の一撃――

周斗の頭部へ向かっていたパルス。

その射線上へ――

愛理の頭が――

重なる。

周斗を抱えるように。

覆うように。

自分の頭を――

周斗の頭へ重ねる。

そして――

――命中!!


及川と愛理。

二人、ほぼ同時に――

被弾。


そして、体育館から。

すべての音が――

消えた。


ボーイスカウト。

オールド。

24番。

誰も動かない。

競技ウェアの判定だけが――

静かに。

結果を告げようとしていた。

ついに――

決着。


――――――――――


▶ 前の話

[21 少佐決着――30メートルの一撃]


▶ 次の話

[23 優勝者]


▶ 『Fバン!!』本編全24話・目次

[『Fバン!!』ハブ投稿]


※制作環境・生成AI利用については目次ページに記載しています。


ラベル『Fバン!!』はこちら↓

Fバン!!

コメント

人気の投稿