14 FINAL前/ファイナリスト
『Fバン!!』
著:木耳 骨
全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。
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14 FINAL前/ファイナリスト
FIELD 2nd STAGE終了。
残存者、6名。
ファイナリスト――“フィールダー”が決定した。
だが――FIELDという競技は、ここではまだ終わらない。
むしろ、本当の意味での決着はここからだった。
2nd STAGE終了からFINAL STAGE開始まで――
その間隔は、6時間。
FIELDという競技では、開催ごとに細かなルール変更が加えられる。
フィールドの縮小方法。
補給物資の内容。
競技区域。
初期配置。
最終日の仕掛け。
同じ大会を繰り返しても、過去の経験だけで攻略法が固定されないよう、毎回少しずつ条件が変えられている。
だが、その中でひとつだけ、2nd STAGE終了からFINAL STAGE開始までの6時間だけは、初期大会から現在まで変わったことがない。
理由は単純だった。
FIELDでは、2nd STAGEとFINAL STAGEを、別々の競技とは考えていない。
二つ合わせて、一つの“FIELD”。
もし2nd STAGE終了後、翌日や数日後にFINAL STAGEを行うのであれば、フィールダーは完全に休養できる。
身体を回復させることもできる。
使ったパルスを回復させることもできる。
映像を見返し、相手の戦い方を研究し、作戦を練り直す時間も十分に取れるだろう。
だが、それでは意味がない。
FIELDは、サバイバル競技なのだ。
二日目までにどれだけ体力を使ったか。
どの程度睡眠を取ったか。
どのくらいパルスを消耗したか。
どの手札を見せたか。
誰と戦い、誰に戦い方を知られたか。
どれだけ食料や水を確保できたか。
そのすべてが、そのままFINALへつながっていく。
だからこそ2nd STAGEでは、積極的に敵を倒すことだけが正解ではない。
潜伏する。
逃げる。
戦闘を避ける。
自分の武器を見せない。
物資を温存する。
それらも、すべて立派な戦術だった。
そして、そのすべてを背負ったまま――
6時間後。
最後の6人が、今度はより狭いフィールドへ放り込まれる。
それが、FIELDだった。
◇
競技区域からヘリで移送されたファイナリストたちは、FINAL専用の休憩施設へと案内されていた。
まず行われるのは、メディカルチェック。
FIELDは安全性を重視した競技である。
Fバンによる被弾そのものに殺傷能力はない。
CQCも打撃は禁止され、投げや組み技も、危険行為と判断されれば即座に警告や失格の対象となる。
それでも、三日近く自然の中を動き続けた身体だ。
脱水。
打撲。
捻挫。
疲労。
体温。
血圧。
意識状態。
問診と簡単な身体確認が行われる。
ここでドクターが競技継続不能と判断すれば、その時点で強制棄権。
そして――
その場合でも、7位以下からの繰り上げ補充はない。
FINALへ進出できるのは、2nd STAGE終了時に残っていた6人だけ。
6人のうち1人が競技不能なら、5人でFINALを行う。
2人なら4人。
それもまた、2nd STAGEから続くFIELDの結果だった。
幸い今回は6人全員、競技継続可能。正式にドクターから許可が出た。
そこから先は自由時間となる。
シャワーを浴びる者。
食事をする者。
ひたすら眠る者。
ストレッチを続ける者。
2nd STAGEの映像を見る者。
6時間――長いようで、短い。
三日分の疲労を完全に消すには、あまりにも短い。
だが、FINALへ向けて息を整えるには十分な時間でもある。
休憩施設には、いくつもの控え室が設けられていた。
ただし、使用する部屋は決められていない。
一人で使ってもいい。
二人で入ってもいい。
三人でも構わない。
そして――
どの部屋にも鍵はなかった。
事故や急変にすぐ対応できるようにするため。それが運営上の理由。
だが、長くFIELDを経験している者なら、そこにもう一つの意味を感じていた。
FINAL直前の6人。
誰が誰と組むのか。
同じ部屋に入っていれば、それは当然、他のフィールダーにも見える。
だが、この段階まで来ると、それを必死に隠そうとする者はむしろ少ない。
同盟なら同盟。
敵なら敵。
堂々としていればいい。
他の控え室へ顔を出し、
「FINALじゃ敵だからな」
「そっちこそ覚悟しとけよ」
そんな軽い宣戦布告をして帰っていく者もいる。
長年の知り合いなら、普通に世間話をする。
2nd STAGEで撃ち合った相手同士が、飲み物を片手に笑っていることも珍しくない。
もちろん、作戦を話している控え室の前に立ち、盗み聞きすることだって物理的にはできる。
禁止事項ではない。
だが――
やらない。
それがFIELDだった。
正確には、『そこまでして勝つのは、ダサい』。
そういう文化が、いつの間にか競技者たちの間に根付いていた。
戦闘中なら騙す。
潜伏する。
囮も使う。
同盟を裏切ることさえ、ルール上は禁止されていない。
勝負が始まれば、何でも使う。
だが――勝負の外まで持ち込まない。
控え室の会話を盗み聞きする。
荷物を覗く。
休んでいる相手へわざとプレッシャーをかける。
そうした行為は、FIELDでは無粋とされた。
そして不思議なことに、FINALまで残るフィールダーほど、そういう無粋を嫌う者が多い。
技術がある。
経験がある。
勝つことに執着している。
それでも、これは戦争ではない。
スポーツなのだ。
敵ではある。だが同時に同じ競技を愛している者同士でもある。
だから勝負が始まれば、本気で撃つ。
終われば笑う。
それがFIELDという競技の、ひとつの様式美だった。
◇
シャワーを終えた周斗は、首にタオルを引っかけたまま廊下を歩いていた。
片手には食堂でもらってきた軽食の入ったビニール袋が一つ。
サンドイッチ。
ゼリー飲料。
水と、溶かしたプロテイン。
そして三日間で失った微量元素を補うサプリメント。
食べられるときに食べる。
休めるときに休む。
スタントの現場でも、FIELDでも、そのあたりは変わらない。
身体は疲れている。
脚も重い。
肩にも張りがある。
だが、不思議と嫌な疲労感ではなかった。むしろ爽快感さえある。
三日間。
森を歩き。
走り。
跳び。
戦い。
何度も危ない場面があった。
初めてのFIELD。
正直なところ、1st STAGEを23位で滑り込んだときには、自分がここまで残れるとは思っていなかった。
勝つ気はあった。もちろん、最初から。
出る以上は勝つ。そう思っていた。
だが、何しろ初挑戦。現実に勝てるかどうかは別問題だ。
それでも――
残った。最後の6人に。
「さて……」
周斗は手にしたサンドイッチの袋を見る。愛理と使うことにしていた控え室は、この先だ。
女性プレイヤーから先にメディカルチェックへ回されたため、愛理のほうが少し早く終わっているはずだ。
そのとき――
曲がり角の向こうから、一人の少年が現れた。
黒髪。
小柄。
静かな歩き方。
藤沢純――アサシン。
周斗は足を止める。藤沢も止まった。
競技中ならば互いに一瞬で指を向けていただろう。
だが今は、誰も構えない。そんな気配さえない。
むしろその空気は妙に軽かった。
まるで学校の外で、別のクラスの知り合いと偶然会ったような、そんな距離感だ。
「あ、藤沢」
周斗が先に声を出した。
「どうも」
藤沢も、とくに警戒する様子もなく、淡白に返事をする。
「ちょうど良かった」
「何か?」
周斗は片手を軽く上げる。
「待合室でダイジェスト見たよ。相棒を助けてくれて、ありがとな」
藤沢は一瞬だけ黙った。それから、わずかに視線を逸らす。
「……カッコいいこと言いたいけど、僕は気に入らない奴を消しただけだよ」
「いや、なんとなく、期待はしてたんたよ。勝手にだけどな。でも、おかげで相棒は助かった」
小虎を倒したあと、すぐに愛理を追わなかった周斗。
その胸には根拠のない期待があった。
それが藤沢だ。
あの夜、偶然出くわし、互いに指先を向け合った仲。それだけなのだが、なにか通じ合った気がしていた。
周斗は少し嬉しそうに笑う。
けれども、藤沢は周斗の言葉に引っかかりを覚えていた。
「……相棒、ですか……」
藤沢の声の調子が、ほんの少し変わった。なにか言いたげで、それでも言葉を飲み込んでいるような声だった。
周斗が眉を上げる。
「うん?組んでるからな。FINALでもコンビでいくぞ?」
「そんなことはわかってるけどさ」
「藤沢も入るか?」
「は?」
周斗は飄々と、でも真面目に続ける。
「おまえ強いし、何より若いのに人格者だしな。三人なら心強いけど……うーん、でもなぁ、最後には三人で頂点の席を取り合うってのもちょっとなぁ……」
「誰も入りたいなんて言ってない」
勝手に話を進めて頭を悩ませる周斗の言葉を、藤沢は冷たく切り捨てる。
その態度に周斗は「ん?」と眉を上げて、少し考える。
そして、何かに気づいたように、ぽん、と手を打った。
「んー……あっ、そうか。愛理か」
「……は?」
「藤沢くぅん、そういうことかぁ」
男相手だからか。それとも、年上の余裕か。周斗は愛理へ向ける顔とは違う、馴れ馴れしく、下世話で嫌らしい顔を藤沢へ向ける。
「なにさ?」
「まぁ、あいつ結構可愛いとこあるしな。わかるよ藤沢くん。FINAL終わったら声かけてごらん。普通に仲良くなれるさ」
藤沢は黙った。口をあんぐりと開けて。
そして――頭を抱えた。
それから、深い。本当に深い溜め息をつく。
「これは……愛理さんも苦労するな……」
「んー?」
藤沢はなにに呆れているのか、周斗にはまったく意味がわからない。
藤沢――アサシンは人を見る。
それは潜伏能力や射撃技術以前に、彼がFIELDで生き残るために磨いてきた感覚なのかもしれない。
人がどこを見るか。
何を警戒するか。
何を嫌うか。
何を守ろうとするか。
そうした小さな変化を拾う観察能力に関して、おそらく藤沢は六人の中でもかなり鋭い。もしかしたら随一かもしれない。
だからこそ――
この三日間で変わっていった愛理にも、気づいていた。
だが目の前の男は。
"相棒"。
――ただそれだけ。
少なくとも本人は、それ以上でもそれ以下でもないらしい。
藤沢はもう一度、小さく息を吐く。
「……まあ、いいや」
「うん?」
「なんでもない」
「そっか」
周斗は深く気にせず、笑みを返した。
「とにかく、敵同士だけど、FINALもお互い頑張ろうな!」
あまりにも屈託がない気軽さだ。
そんな周斗に、藤沢も少し口元を緩ませて、笑う。
「そーですね」
「じゃあな」
「はいはい」
互いに手を上げるでもなく、二人はそのまま反対方向へ歩き出した。
競技が始まれば敵。
遭遇すれば撃つ。
隙があれば落とす。
だが今は、ただのFバン好き同士だった。
◇
周斗が控え室へ入ると、すでに愛理はモニターの前に座っていた。
テーブルには食事。
プレートにはパスタ。
スープ。
サラダ。
そしてなぜか甘いデザートまで確保している。
「おまえ、結構食うな」
「体力使いましたからねぇ」
愛理はフォークを持ったまま振り返る。
シャワーを終えたばかりなのだろう。
いつも左右で小さくまとめていた栗色の髪は下ろされ、まだ完全には乾ききっていない。
濡れた毛先が肩に触れるたび、照明を柔らかく反射していた。
競技中とは随分印象が違う。
艶っぽい――周斗は珍しくそう感じたが、断じてそれを口にはしない。
そんな周斗の微細な視線の変化に、愛理本人はまったく気付くこともなく、モニターに釘付けだった。
「周斗さん!ちょうどダイジェストやってますよ!」
「ああ。俺も途中から見てた」
「私いっぱい映ってます!」
「それは良かったな」
周斗は隣の椅子へ腰を下ろし、持ってきた軽食をテーブルへ置く。
モニターでは、2nd STAGEを初日から振り返る地上波全国放送の特別ダイジェストが流れていた。
『さぁ~て!!ここで改めて!!三日間を一気に振り返ってみようじゃないかァ!!』
例によって、司会者の声だけは元気だった。
画面には、初日の森。
ヘリから降りた24人。
散開――10分間の無敵時間。
そして――
初日。3人のリタイア。
当時は大きく取り上げられなかった戦闘が、ここで初めて詳しく流される。
まず一人目。
林の中。
警戒しながら進むプレイヤーの死角から、突然伸びる指。
身体を隠したまま。
最小限の動き。
一撃――ヘッドショット。
映像が引く。
そこにいたのは――
少佐こと、レオン・アキオ・セイガルド。
『初日の一人目は少佐ァ!!』
視聴者たちもこの初日の三人リタイアには興味津々だ。コメントも盛り上がる。
《やっぱこいつだったか》
《一瞬すぎて初日わからんかった》
《動き少なすぎる》
《最初から完成されてるじゃん》
続いて二人目。
森の斜面――接近戦。
相手へ一気に組み付く女性プレイヤー。
姿勢を崩し。
腕を押さえ。
射線を切り。
至近距離からのヘッドショット。
グラップラーこと、浦部巴だ。
『二人目はグラップラー!!やっぱ初日から組み技全開だったんだネ!!』
そして三人目。
少し開けた場所。
離れた距離。
相手が姿を見せた瞬間――一発。
避ける。
次。
移動先へ、もう一発。
逃げようとする進路へ、さらに一発。
まるで相手の動きを先に計算しているような射撃。
早瀬聖也。
『そして三人目!!ンン〜、アンドロイド早瀬ェ!!』
《それたった今思い付いたんだろ》
《過去映像に適用するな》
《でも動きはマジでアンドロイド》
視聴者たちはツッコミしつつも、すんなり受け入れている。
周斗はサンドイッチをかじりながら、感心したように画面を見る。
「なるほどな」
「何がです?」
「初日の三人、誰がやったかまでは俺もわかってなかった」
「私もです」
ダイジェストは、そのまま三日間の物資事情へと移った。
FIELDで三日間生き抜くには、初期支給だけでは足りない。
初期装備は最低限。
行動食。
水。
寝袋。
雨具。
最初から三日分を持たせてしまえば、補給地点を巡る駆け引きが成立しない。
そしてリタイアした選手の大会支給品は、運営が回収する前なら奪取可能。
つまり――
戦いに勝つことは、食料や水を得ることにもつながる。
映像には再び少佐が映し出される。
初日に倒したプレイヤーのザックを確認し、水と食料を回収している。
浦部も同じだ。
早瀬も必要なものだけを持っていく。
愛理が納得したように小さく頷いた。
「みんなちゃんと取ってたんですね」
「そりゃそうだ。俺らだって散々もらっただろ」
そして翌日。二日目。
オールドこと、及川良。
森から逃げてきた二人を、両手のFバンで仕留めた場面。
二人がリタイアすると、及川は必要な大会支給品だけを淡々と回収していた。
『オールドはここで二人分の物資を確保!!』
さらに翌朝。三日目。
中央補給地点。
誰よりも早く現れたオールドが、一人でコンテナを確保。
食料。
水。
その他の補給品。
必要な量を確保すると――廃墟二階。
行動食をかじりながら、高みの見物だ。
周斗が少し笑う。
「道理で余裕あるわけだ」
「私たちが必死に走り回ってるときですよ?」
「強い奴ってのは、ああいうとこも上手いんだろうな」
次の映像。アサシンこと、藤沢純。
当時、発射者不明だった二人。
改めてログを統合した映像では、倒された直後。
カメラの死角から藤沢が現れる。
倒したプレイヤーの物資を素早く確認。
水。
行動食。
必要なものだけを抜く。
そして数十秒もしないうちに、再び消える。
この映像に視聴者も興奮した。
《うわマジでアサシン》
《倒したあとも映ってなかったのか》
《これ気づかんわ》
《生存能力高すぎ》
周斗は少し、嬉しそうにこぼす。
「藤沢らしいなぁ」
愛理は意外そうな顔で周斗を見た。
「もう結構仲良くなってません?」
「さっき廊下で会った」
「えっ」
「おまえ助けてくれてありがとなって言っといた」
「……そうですか」
「なんだよ」
「いえ別に」
少しだけ、愛理の声が柔らかくなる。
映像はさらに進む。
真中と虎トラッカーこと、小虎。
二人で潜伏型のプレイヤーを仕留めたあと。
真中がザックを開き、小虎と中身を分けている。
『真中&虎トラッカーもここで補給!!二人行動だから消費も二人分!!奪えるときに奪うのは基本だネ!!』
そして――周斗と愛理。
玲二の物資。
名無しプレイヤーの物資。
補給コンテナ。
自己加熱式食品。
水。
愛理が画面を指差す。
「ほら! 私たちもいっぱい取ってます!」
「俺ら一番必死そうに見えるなぁ……」
「二人ですからね!」
「初参戦だったし、余裕のなさがビギナー臭いよな」
そして周斗は映像と共に記憶を振り返る。
思えば、あの時コンテナに固執しないで三人組のザックだけ回収すれば良かったのではないか。
そうすれば、スナイパー玲二に追われることもなかったのではないか。
そんな“たられば”が浮かんでくるが、もう終わったことだ。
こうして反省し、次に活かしていくしかない。
そんなことを考えながら、モニターを眺める。
改めて並べてみれば、周斗たちだけではない。誰も、初日の支給品だけで三日間を生き延びていたわけではない。
戦って――奪って。
補給を取り、必要なだけ使う。
ある者は積極的に戦って確保する。
ある者は少ない消費で潜伏する。
ある者は中央補給を押さえる。
生存方法も、それぞれ違っていた。
そして――
それもまた、FIELDの実力だった。
射撃だけではない。
CQCだけでもない。
体力――判断――物資管理――休息――移動。
三日間すべてをどう組み立てるか。
その結果として、6人が残った。
モニターでは、2nd STAGEのハイライトがさらに続く。
補給地点戦。
玲二戦。
BOMB。
JET。
肩車。
廃墟。
オールド。
グラップラー。
虎トラッカー。
――そして真中。
愛理は真中が藤沢に撃ち抜かれる場面になると、露骨に微妙な顔をした。
「……やっぱり見返しても嫌な人ですねぇ」
「だろ?」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか」
「別に」
「絶対嫌いだったでしょ」
「最初からな」
「やっぱり」
愛理はくすくすと、小さく笑った。
その会話の途中、モニターが暗転する。
ド派手なSEとともに、映像は再びスタジオへ切り替わった。
いつもの巨大モニターに中央ステージ。側面の実況・解説席。
その周囲を囲む熱狂的なファンの観客席。
そして今日も今日とて紫色のメッシュを入れた髪。眩しいほど光を反射する悪趣味なスーツ。
司会者が、両腕を大きく広げた。
『さァアアアア!!』
周斗がサンドイッチの袋を開ける。
「あー始まった」
『ジャッポン最強は誰ダァ!?』
「この人、いつ休んでるんですかね」
「絶対フィールダーより体力あるよな」
『多くの試練を乗り越え、FINALへ進出した六人!!改めて軽ぅ~く紹介しよう!!』
巨大モニターに六人の顔が並ぶ。
まず。
『オールド!!――及川良!!』
三年前の準優勝映像。
そして今大会――両手から放たれる高速射撃。
『最年長!!減衰が始まってなお、この強さ!!空白の三年間、そのすべてを今回へ叩き込めるかァ!?』
視聴者たちも期待と予想で盛り上がる。
《今回一番応援してる》
《三年前より射程落ちてるよな》
《でも技術は上がってる》
《最後の大会になるかもしれんのか》
『続いて――アサシン!!藤沢純!!』
海外大会。
姿を消し――撃ち――移動。
『海外インディーズFIELDの潜伏屋!!でもFINALでは隠れてるだけじゃ勝てないゾォ!?』
《正面戦闘見たい》
《三人落としてるし普通に強いだろ》
《16歳なのが怖い》
『続きまして――早瀬聖也!!』
DRAW。
RANGE。
すべてが機械のように、同じフォームから高速で放たれる射撃。
『若干17歳!!DRAWとRANGEは国内屈指!!その正確無比な射撃は――』
一瞬、喉に何かを詰まらせたように黙る、そして――
『アンドロイド早瀬ェ!!』
《だからその名前さっきつけた》
《本人まだ知らん》
《今これ観てるかな?》
《でも合ってる》
司会者はいつも通りのノリと勢いで進める。視聴者たちはそれにツッコミを入れつつも、すんなり受け入れて次を待つ。
周斗たちは初めて、スタジオや客席、視聴者たちから自分たちがどう見られているのかを、モニター越しに目の当たりにする。
なんともいえない顔をしながら、静かに見続ける。
『そしてェ! 少佐ァ!!レオン・アキオ・セイガルド!!』
海外FIELD映像。
障害物――壁――階段――遮蔽物。
その中を動く男。
『国内初参戦!!海外では名の知れた超一流!!』
そこで司会者が首をかしげる。
『ンーでもだから、なんで少佐なノ??』
観客席から笑いと呆れ声が上がる。
《まだ調べてねぇのかよ》
《少佐は少佐なんだよ》
《説明不能》
《見たらわかるだろ》
誰も説明しない。本人も説明しない。
ただ――少佐。
それだけで定着している。
『そしてダークホースのこの二人!!』
愛理が姿勢を正す。
『24番!!三条愛理!!』
「来ました!」
『1st STAGE最下位通過!!まぐれだ運だと言われながら――まさかまさかのFINAL進出!!』
愛理が少し頬を膨らませる。
『でもぉ!?』
司会者が身を乗り出す。
『ここまで来たらもう、まぐれとは言わせナイ!!意外と頑張る!!意外と撃てる!!そしてとってもキュート!!』
客席からは黄色い歓声が上がる。もう、愛理を馬鹿にしたような声はなかった。
そして司会者はカメラに向かって手をひらひらさせながら笑顔を向ける。
『僕は24番を応援しております!!』
《公平性どこいった》
《堂々と言うな》
《実況が推し作るな》
《でもわかる》
《あーりん公式フォローした》
《昨日からフォロワー増えすぎ》
《我こそがフトモモ》
視聴者コメントは相変わらず厳しくツッコミを入れつつ、こちらでも愛理の評価はうなぎ上りだ。
「ほらほら!見てください周斗さん!」
愛理が嬉しそうにモニターを指差す。
「私、いっぱいテレビ映ってます!」
「ああ。良かったな」
そして――
『ラストォ!!』
周斗の映像。
補助器具を装着した1st STAGE。23位。
そこから――
BOMB。
JET。
CQC。
『もうボーイスカウトなんて言わせナイ!!――三元周斗ォ!!』
周斗が驚いたように口を丸くして、それから少しだけ笑う。
『苦手なFバンを補って余りあるBOMB!!JET!!そして独自の近接戦術!!』
スナイパー玲二。グラップラー。虎トラッカー。
それぞれの決めシーンが流れる。
『合法と反則の境界をきっちり見極めるその戦闘技術!!もはやプロ並みダ!!』
周斗が口を丸くしたまま、小さく頷く。
「お、今日はまとも――」
『でもFIELDは強くても24番とは全然イイ感じになれない!!』
「……」
『きっとチェリーボーイさ!!』
周斗の顔が止まった。その目からは感情が抜け落ちている。
《おい》
《いいかげんにしろ》
《言っていいことと悪いことあるぞ》
《コンプラ班仕事しろ》
《でもなんかわかる》
《24番頑張れ》
視聴者コメントも厳しく司会者を非難するが、最後には司会者と同じ感想に着地する。
「……なんか俺への当たりおかしくないか?この番組」
周斗は口をへの字にして、露骨に嫌そうな顔でこぼす。
けれども愛理はオレンジジュースを飲みながらさらりと返す。
「優勝すれば手のひら返しますよ。テレビなんてそーゆーもんです」
「あ、説得力あるぅ」
地下アイドル。その一言には妙な重みがあった。
『以上!!ファイナリスト紹介ダ!!』
司会者が両手を叩く。
『続きましてぇ~!!』
巨大モニターが激しいSEと共に切り替わる。
『FINAL FIELD!!その舞台を紹介するヨ!!』
◇
画面に映し出されたのは――学校だった。
正確には、廃校。
上空からの俯瞰映像でその外観の断片が流れる。
長方形の校舎――体育館――グラウンド――倉庫――渡り廊下――植え込み――駐輪場――校舎裏。
敷地全体が、一つの競技区域として整備されている。
『今回のFINAL FIELDはぁ――廃校ダ!!』
会場全体が「おぉおおおおー!!」という一体となった声で沸く。
『校舎!!体育館!!グラウンド!!倉庫!!渡り廊下!!ぜぇーんぶ使ってヨシ!!』
モニターが3D表示に切り替わる。
校舎内部。
一階――二階――三階――階段――廊下――教室。
体育館――ステージ――器具庫。
体育館と校庭には、競技用として追加された障害物。
大型マット――跳び箱――簡易バリケード。
公平を期すため、全容は見せない。どれもあくまで断片的で、カットも短い。
だが、元々学校にあった設備と、運営が用意した競技用設備が混在しているのがわかる。
モニターには大きく注意書きが表示された。
《重大な事故や怪我を招くおそれのある、ネット、縄、割れたガラス、釘、崩落しそうな建材などの危険物はすべて事前に撤去・補修されています》
見た目は廃校、だが競技場としては、安全管理された施設だった。
周斗は食べる手を止め、真剣な目つきに変わる。
「……ふむ」
愛理も同じように真剣に画面を見る。
周斗の視線が、校舎の各所を追う。
階段――窓――教室――廊下――体育館。
「俺にはやりやすい」
「やっぱり?」
「ああ。ただ――」
周斗は画面を指差す。
「おまえと二人行動は厳しいかもな」
愛理も少し考える。そして素直に頷いた。
「そうですね。私でもわかります。私が完全に足手まといです」
「そこまでは言ってねぇ」
「でも実際そうでしょう?」
「まぁな」
「そこは否定してくださいよ!」
「戦術の話してんだから嘘ついてもしょうがねぇだろ」
愛理は口を尖らせる。だがすぐ、モニターへ視線を戻した。
『そしてFINALではポイントをリセット!!』
全員、5ポイントだ。
『2nd STAGEとは被弾ポイントも変わるゾ!!』
モニター画面に、人体CG画像が表示される。
腕・脚――1ポイント。
胴体――3ポイント。
頭部――5ポイント。
『頭はもちろん一発退場!!そしてFINALでは胴体が一発三ポイント!!』
観客席がおぉ!っと、ざわめく。
『狭い!!逃げにくい!!だから決着も早い!!』
周斗は腕を組み、唸る。
「胴三点か……」
「二発で終わりますね」
「一発食らったら残り二点。そこから腕か脚二発でも終わる。実質かなり重い」
「ですね」
『スタートは一人ずつ!!』
司会者は珍しくスムーズに続けていく。
『順番は抽選!!競技区域へ入ったあと――それぞれ好きな場所で待機!!最後の一人が入ったあと十分間の準備時間ダ!!先に入った奴は一度場所を決めたら十分間経つまで動けないゾ!!』
巨大モニター上で、6人のアイコンが順番に校内へ入っていくCGが流れる。
『そして十分後!!』
司会者が拳を握る。そして突き上げる。
『戦闘解禁ダァ!!』
観客席から大きな歓声が上がる。期待値最大だ。待ち遠しくて仕方がない。そんな声が飛び交う。
周斗は無意識に、画面へ身を乗り出していた。
――狭い。
これはもう、2nd STAGEとはまるで違う。
森林なら逃げられた。
見失わせることもできた。
だが校舎なら――
廊下――階段――出入口――窓。
移動経路が限定される。それは周斗にとって有利でもある。
CQC。
BOMB。
JET。
距離を詰める手段が多い。
壁も使える。
段差も使える。
狭い場所では近接型には有利だ。
だが同時に――BURSTにも有利。特に長い廊下では猛威を奮うだろう。
そして、愛理にはかなり厳しい。
射程距離およそ20メートル。
遠距離寄り。近距離戦は強くない、というよりなんの心得もない。そこだけなら、未だ雑魚だ。
それに、慣れない森の中で三日間、走り回った。いくらアイドルがダンスで多少運動能力やスタミナがあろうと、愛理の身体は怪我や故障はなくとも限界値が近いといえる。
そしてなにより厳しいのは、FINALに残った連中は、誰もが一癖も二癖もある。
オールド。
アサシン。
アンドロイド早瀬。
少佐。
一緒に動けば周斗が守ることに意識を割く。それでは勝てない。
愛理も、それを理解していた。
だからこそ――
「ラスト二人になるのは俺たちだ」
周斗が小さく、でもはっきりと目標を言った。
愛理も顔を上げて頷く。
「……はい」
「だったら、ずっと一緒にいる必要はない」
モニターに映る校舎。周斗が画面を指で示しながら動かす。
「待機時間内に作戦を決める。順番は抽選、移動場所もそれによって変わるからな、最初っから別行動を余儀なくされる」
「はい」
「でも最後は合流する」
「はい!」
「そのために――」
周斗は右手を上げた。
手のひら、人差し指。
愛理がその手を見る。
「言葉を使わずに指示できるようにしとこう」
「ハンドサイン?」
「簡単なやつだけな。複雑にすると覚えられねぇ」
「私そんなに頭悪くないです!」
「わかってるよ」
「今の間はなんですか」
「気のせい」
周斗は手を開いて見せて、指を一本立てる。愛理も真似する。
手のひら――人差し指。
方向。
曲げ方。
手の向き。
ほんの数種類。
進め。
待て。
隠れろ。
別方向へ。
合流。
二人だけがわかればいい。
戦闘中、大声を出せば相手にも聞こえる。
だが指なら、それだけで伝わる。
どういうサインがわかりやすく、覚えやすく、また敵にバレにくいか。
周斗が考えていると、愛理が小指を立てて見せてきた。
「これは?」
周斗はその指をじっと見る。そして思い出す。
二人で二度交わした指切りを。
最初は成り行き。
二度目は――相棒として。
「それは約束」
「ですよね」
愛理が嬉しそうに笑う。
Fバンは指で撃つ競技だ。
人差し指。
引き金。
攻撃。
だが、この三日間で、二人にとって指はそれだけのものではなくなっていた。
最初は、ただの愛理の子供じみた約束の仕方でしかなかった。
――小指は約束。
――親指は無事を伝える合図。
そしてこれからは、手や指の向きや仕草だけで、互いの意思を伝える。
撃つための指。
信じるための指。
守るための指。
そのどれもが、大きく意味が変わっていた。
周斗がもう一度、モニターを見る。
FINALの舞台。
廃校。
この中で6人が戦う。
そして最後には――
一人。
『さァアアアア!!』
相変わらず司会者の声だけはうるさい。
『長かったFIELDもいよいよ最終決戦!!』
客席――視聴者――スタジオ。
すべての熱が上がっていく。
控え室でも。
廊下でも。
6人のファイナリストが、それぞれの時間を過ごしている。
眠る者。
食べる者。
身体を動かす者。
それぞれが、それぞれのやり方で、六時間を使っている。
誰も同じではない。
だが、考えていることだけは、ほとんど同じだった。
――勝つ。
そのために、2nd STAGEで残したものを、FINALですべて出す。
周斗の胸も昂る。自分でも、ここまでFIELDに入れ込むことになるとは思っていなかった。だが――楽しい。
ぐいっと、サプリメントをプロテインで喉の奥に流し込む。
すると愛理が突然、妙なことを口走ってきた。
「ねぇ、周斗さん。私――」
プロテインをごくりと飲み込みながら、愛理を見る。
「胸の形にだけは自信あるんです!!」
吹き出しそうになるのを堪えながら、即座に目を背ける。今、絶対見てはいけない。そう直感する。
「な、なにを言い出すんだおまえは……」
「もし、もしも2位で終われたら、水着グラビアの仕事もくるかもしれません!マンガ雑誌やゴシップ誌の表紙とか!もしかしたら写真集も!?」
「あ、ああ確かに。おまえアイドルだしそういう仕事も確かにくるかもな」
で、それがなんだ。さっさと話を終わらせてくれ。そう周斗は願ったが、愛理の話はまだ続く。
「どう思います!?周斗さん!!」
「どうっておまえ……」
周斗は愛理から視線を逸らしたまま考える。このパターンは危険だ――ここは間違えてはいけないところ。今まで以上に、真剣に考える。
そして――
「……本人の意思を尊重しつつ、事務所としっかり相談して、未成年として健全な仕事かどうか精査して受けるべきだな、うん」
周斗は自信を持って答えたが、途端に愛理の怒声が飛ぶ。
「またゼロ点です!!なんで全然成長しないんですかぁ!!」
「いやいやいやいや!今のは絶対間違ってねぇって!!」
「いいえ!まったくの解釈違いです!というか、ちゃんとこっち見て話してください!」
「だぁーもう!だいたい俺、グラビアどころかアイドルも芸能人もマンガもアニメもドラマも、そーゆーの全然知らねぇんだよ!映画しかわからん俺に何を求めてんだ!!」
「そこを察するのが大人への成長です!!スタント以外の勉強もしてください!!」
散々な言われようだが、映画やスタント、そこにつながる格闘やスポーツ関連しか脳にないのが確かなだけに、それ以上言い返しにくい。
そんないつものやり取りをしながら――
開始時刻まで。
あとわずか。
二人は散々言い合ったあと、しっかりとサインの確認だけはした。
周斗が立ち上がる。
愛理も続く。
二人は一度だけ顔を見合わせる。
「行くか」
「はい!」
――FINAL STAGEへ。
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