11 3日目/ベスト8
『Fバン!!』
著:木耳 骨
全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。
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11 3日目/ベスト8
三日目の朝。
森は、妙なほど静かだった。
昨日の朝とはまるで違う。
遠くヘリの音はしたが、補給地点へ殺到する足音もなかった。
どこかで誰かが撃ち合っている気配さえ、今のところは聞こえてこない。
鳥の声と、木々の間を抜けていく風の音だけがある。
嵐の前の静けさ。
そんな言葉が、妙にしっくりきた。
周斗は寝袋から身体を起こし、ゆっくりと肩を回した。
昨日の朝よりは、ずっとマシだ。
硬い地面の上で寝ていたせいで背中も腰も固い。首筋にも鈍い張りが残っている。だが昨夜は寝袋があった。体温を奪われ続けた初日の夜とは、身体の疲労の残り方がまるで違う。
周斗にとって、それはかなり大きかった。
スタントマン志望の彼にとって、身体はそのまま道具であり、資本でもある。多少の疲労は仕方がない。筋肉痛も、打ち身も、今さら珍しくない。
だが、冷えた身体は別だ。
関節の動きが鈍る。
反応が遅れる。
普段ならできる動作が、わずかに遅れる。
FIELDでは、そのわずかな差が命取りになる。
もちろん、文字通りの命ではない。
だが、一ポイント。
頭に一発もらえば一瞬。
それで大会が終わることはある。
周斗は立ち上がると、まず足首を回し、膝を曲げ、腰を落とした。次に肩甲骨を動かし、腕を大きく振る。
向かいでは愛理も真似をしている。
「いたたたた……」
「昨日あれだけ走り回ったからな。しっかり伸ばしとけ」
「はぁい」
まだ眠そうだが返事だけはいつも通り素直だ。
愛理は脚を伸ばしながら、ぎこちなく上体を倒す。
「……かたっ」
周斗が思わず口にすると、愛理がすぐ顔を上げた。
「今なんか言いました?」
「別に」
それでもアイドルかよ、という言葉は飲み込んだ。
「言いましたよね?」
「柔軟しろ」
「ごまかしましたね?」
「うるさい」
いつものやり取り。
けれど、その空気は初日の朝とはまるで違っていた。
あのときは、たまたま同じ場所で夜を越し、たまたま約束を延長しただけだった。
今は違う。
二人とも、意識して同じ場所にいる。
敵が残っている。
それも、昨日までとは比べものにならないほど強い者ばかり。
それでも二人で朝を迎え、当然のように一緒に身体をほぐし、当然のように食料を分けている。
いつからそうなったのか。
周斗自身、はっきりとはわからない。
ただ、今さらそこを考える必要もないような気がしていた。
柔軟を終えると、二人は木の根元に並んで座った。
朝食は、相も変わらず大会支給の行動食。
パサパサしている。
バリエーションも豊富で味も悪くはないが、やはり、特別美味くもない。
昨日は愛理が自己加熱式の食事を引き当てたおかげで、少しだけ人間らしいものを食えた。だが今日はそうもいかない。
周斗は口の中の水分を奪われながら咀嚼し、水を一口飲む。
愛理も同じように行動食をかじっている。
「そろそろ放送だな」
周斗が空を見上げる。
「残り十一人のはずですね」
「だな」
昨日の夜。
最後に周斗たちが確認できた残存人数は十一人。
この夜の間に誰かが脱落していなければ、そのまま十一人だ。
周斗は指でざっくり人数を数える。
「あと三人削れば、おまえはベスト八だ」
「!」
愛理の目が、ぱっと明るくなる。
「大会後の特番にも出演できるぞ」
「やりました! あと少しです!」
実にわかりやすい。愛理は両手を小さく握り、嬉しそうに笑う。
最初に掲げていた目標――
ベスト八。
地下アイドルとして少しでも名前を売るため。
テレビに映る時間を増やすため。
所属グループに少しでも何か持ち帰るため。
その目標が、今や目の前まで来ていた。
あと三人。
たった三人、とはいえない数だ。でも三日目、否応なしに状況が動く。
なら、チャンスも大きい。
そう思えば、喜ぶのも当然だった。
だが、愛理の笑顔は、そこで少しだけ止まった。
「……」
行動食を持ったまま、黙り込む。
周斗はその横顔を見る。それは初日にも見た顔だった。
そう、少し先を見始めたときの顔。欲が出たときの顔だ。
「……欲が出たか?」
愛理の肩が、わずかに揺れる。
「……はい」
やっぱりか。周斗は少し笑う。
「今度は何位だ?まさか準優勝とか言うなよ?」
「違います」
「じゃあ優勝?」
「もっと違います!」
「じゃあ何さ」
愛理は少しだけ迷ってから、顔を上げた。
そして――
「周斗さんを優勝させたくなりました!」
周斗の咀嚼が止まる。
「俺を?」
「はい!」
「まぁ優勝はするけどさ」
「そこは普通に言うんですね」
「目指してんだから言うだろ」
周斗は水を飲む。
「で、なんでまた?」
愛理は少しだけ視線を落とした。さっきまでの明るい調子とは違う。言葉を、選んでいる。
「ゆうべも話しましたけど、私、最初は……本当にただの売名目的だったんです」
周斗は黙って聞く。
「1st STAGEに出て、テレビにちょっと映れればいいかなって。そこで落ちても、まあ話題にはなるし。地下アイドルがFバン大会に出ましたー、くらいで」
周斗は昨夜のことを思い出す。本人は軽い調子で言ってはいる。だが、おそらく本当に目的だけなら“その程度”だったのだろう。
競技者として何かを成し遂げようとはしていなかった。通過するなんて、本人ですら思ってもいなかった。
だが、“その程度”のことに、勇気を出して参加したのだ。そして単身ではないとはいえ、このサバイバル環境下で粘り強く生き抜いている。
その心意気を、非難する権利など周斗にも、誰にもない。
「でも、まぐれで本選に出ちゃって」
「まぐれって自分で言うんだな」
「だってまぐれですもん」
「潔いな」
「それで……怖かったんです」
愛理の声が少しだけ静かになる。
「一日目なんて、本当に帰りたかったです。周斗さんに会う前まで、ずっと」
周斗は何も言わない。
それは知っている。
森でいきなりぶつかってきた愛理は、半分パニックだった。
追われて。
怯えて。
助けを求めて。
それでも結局、ここまで残った。
「でも?」
周斗が促すと、愛理は顔を上げた。
「私も、FIELDが楽しくなってきちゃったんです!」
今度は迷いがなかった。
「怖いですけど、でも楽しいんです。昨日のあれも、玲二さんのときも、及川さんから逃げたときも。なんか……自分でもできることがあるんだってわかって」
愛理は自分の指を見る。
「一人倒せたのも、嬉しかったですし」
「そういやおまえ、ちゃんと一人ヤッてるもんな」
「だから言ってるじゃないですか!」
「はいはい」
「もう!」
それでも、愛理は笑っている。
「私じゃ優勝はできないと思います」
その言葉だけは、現実的だった。
自分がどこまでできるのか。ここまで来たからこそ、以前よりよくわかっている。
残っている面々の強さも。
自分との差も。
だからこそ――
「でもせめて、周斗さんの優勝のお手伝いがしたいんです」
愛理はそう言った。
ただ守ってほしい、ではない。
連れていってほしい、でもない。
――手伝いたい。
その言葉の変化に、周斗は少しだけ目を細めた。
初日。
あのとき愛理は、自分が盾になると言った。けれどもそれはその場しのぎだっただろう、なんとかして協力者を得たかった勢いで口から飛び出た。それだけだっただろう。
それが今は、自分から役に立とうとしている。本当の意味で。
それをどう評価するかは、考えるまでもなかった。
周斗は短く笑う。
「ははっ。単純な奴だな」
「酷くないですか?」
「褒めてるよ」
「どこがです?」
「そこが」
「意味がわかりません」
周斗は残りの行動食を口に押し込み、水で流し込む。
そして立ち上がった。
「じゃあ――」
愛理が見上げる。
周斗は右手を出した。
人差し指ではない。
親指でもない。
――小指。
愛理の目が丸くなる。
初日の夜、愛理の方から差し出した指。
朝まで仲間。
そう言って結んだ、あの指切り。
今度は周斗からだった。
「とりあえず、二人でFINAL STAGEへ行ってみるか」
一瞬、愛理は何も言わなかった。
それからゆっくり立ち上がる。
固まった表情はほどけ、花が咲いたような満面の笑みを浮かべる。
「はいっ!」
愛理も小指を差し出す。
二本の指が絡む。
二度目の指切り。
最初は成り行きだった。
食料を分けてもらった礼。
一晩だけ――朝まで――
それが一日伸び。
もう一日伸び。
――いつの間にか、ここまで来た。
今度は違う。
周斗が選んだ。
愛理も選んだ。
二人とも、自分の意思でこの先へ進む。
周斗は絡めた小指を少し持ち上げる。
「頼むぜ、相棒」
愛理は一瞬だけ目を見開いた。それから、さらに笑う。
「頼まれました、相棒!」
指が離れる。
その直後――
森の各所に設置されたスピーカーが、一斉に起動した。
ザザッ。
わずかなノイズ。
そして――
『おっはようございマァァァァァァす!!三日目ェェェェェ!!生き残ってるジャッポン人のみなさぁぁぁぁん!!』
「朝からうるせぇなぁ……」
周斗が顔をしかめる。愛理も耳を押さえる。
「本当に血圧高そうですよねぇ」
「この人、どこまでジャッポン人で押しきるんだろうな……」
「あ、私も地味にそこ気になります!」
スタジオ。中央ステージ。
巨大モニターには、現在の残存人数が大きく表示されていた。
《REMAINING 9》
司会者は朝とは思えないテンションで、ステージ中央を走り回っている。
紫のメッシュが入った髪。
今日も無駄に光るスーツ。
照明を浴びるたび、紫、金、銀の装飾がギラギラと反射する。
『三日目!!ついに最終日!!泣いても笑っても残り二十四時間を切ったァ!! 現在残っているのは――九名!!』
巨大モニターに選手の一覧が映る。
及川良。
藤沢純。
早瀬聖也。
真中鉄矢。
丸山小虎。
浦部巴。
三元周斗。
三条愛理。
そして、もう一名。
それぞれの顔。戦績。得意種目。簡易データ。
司会者はその前を歩きながら、一人ずつ指を差していく。
『オールド!!アサシン!!んーまだ二つ名のない早瀬!!虎トラッカー!!そしてボーイスカウトに二十四番!!ついでに真中!!いやぁ濃いネ!!もうモブがほとんど残ってナイ!!』
実況席は少し疲れた顔で、いつものように司会者へまっとうなコメントをする。
『“モブ”って言わないでください』
『でも実際そうじゃん?』
『言い方です』
客席から朝から笑いが起こる。
そして相変わらず司会者はまったく気にせず続ける。
『さぁそして!!三日目は毎回恒例!!ではない!!』
一瞬、観客がざわついた。
『毎回何が起こるかわからない!!それがFIELD!!』
モニターにフィールド全体の地図が出る。
現在の競技エリア。
その外周。
そこから、赤い境界線が一気に内側へ縮まる。
『本日の変更はこちらァ!!フィールド縮小!!』
客席がどっと沸いた。
視聴者コメントも一気に流れる。
《きた》
《やっぱ縮小》
《去年と違う範囲だ》
《廃墟入ってるじゃん》
《中心そこかよ》
《オールド有利じゃね?》
司会者が得意げに胸を張る。
『しかも毎年同じじゃないヨ!!縮む範囲も、開始時刻も、条件も、ちょこちょこ変わる!!常連だけが得するなんて許さなぁぁい!!』
実況席は今度は素直に頷く。
『うん、そこはちゃんとした思想なんですね』
『運営はちゃんとしてるヨ??僕がテキトーなだけ』
『自覚はあったんですね』
客席がまた笑いに包まれた。
FIELDは、経験者が有利な競技だ。
地形の読み方。
物資の扱い。
夜の過ごし方。
他選手の癖。
体力配分。
だが、経験だけですべてを読み切らせない。
大会ごとに小さく条件を変える。最終日に何が起きるかも、完全には告知しない。
去年の正解が、今年も正解とは限らない。
その不確定さが、初心者にもわずかな可能性を残す。
そして何より、見ている側にも、先を読ませない。それが『FIELD』だ。
『ただぁし!!エリア外にいる選手が不利になるとフェアじゃない!!よって今から一時間!!』
司会者が両手を大きく広げる。
『全員――無敵ィィィィィ!!』
巨大モニターに表示。
《SAFE MOVE TIME 60:00》
『この一時間は攻撃しても無効!!撃っても当たらない!!殴ったら普通に反則!!みんな仲良く移動しなさぁぁい!!』
一時間後にはじまる三日目の最後の決戦――
観客も視聴者も、期待に大きく揺れた。
◇
FIELD。
各プレイヤーの端末にも同じ情報が表示される。
「九人!?」
「言ってました!九人ですって!」
誰かが二人落としていたこと、これは二人にとって嬉しい誤算だ。
思わず声が弾んでしまう。
「いける、いけるぞ……少なくともベスト八は」
「はい!でも目指すは――」
「二人でFINAL、んでもって俺は優勝だ」
愛理はこくこくと何度も頷く。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
周斗たちも移動を始める。
同じ頃。
別の場所、廃墟。
オールド――及川良は、すでに新エリア内にいた。
しかもよりにもよって、昨日、周斗たちが逃げ込んだ、あの廃墟。
その二階。崩れた窓枠のそばで、オールドは壁に身を寄せながら、外を見ている。
落ち着いている。
焦りはない。
体力も温存できている。
三日目本番、なにが起こるか。期待している。
そんな顔だった。
森のとある地点。
アサシン――藤沢純。
姿はほとんど見えない。木々の間を、音も立てずに移動している。
無敵時間中であるにもかかわらず、いつものように不用意に姿をさらさない。
習慣なのか。
性格なのか。
それとも単純に、この方が楽なのか。
誰にもわからない。
別方向。
虎トラッカーこと丸山小虎は、真中鉄矢と行動を共にしていた。
二人とも無敵時間だからと油断してはいない。
歩きながら周囲を確認し、建物や地形を見ている。
「結局、中心はあそこか」
真中が言う。それに小虎は頷く。
「オールド、もう入ってますかね」
「入ってるだろ。あの人なら」
二人も自然と廃墟の方向へ進む。
また別の場所。
1stで精密なDRAWとTRACKを見せつけていた早瀬――早瀬聖也。
一人。
余計な動きがない。
一定のペース。
一定の呼吸。
視線だけが細かく動く。
一日目。
二日目。
ほとんど姿を見せず、ひたすら生き残ってきた。
その静かな選手が、初めて明確に決戦区域へ向かっている。
そして――
グラップラー――浦部巴。
愛理以外で残っている、もう一人の女性プレイヤーだ。
これまでまともな戦闘映像はほとんどない。
だが、残っている。それだけで弱いはずがない。
彼女もまた、無言で歩いていた。
全員が、誰かに命令されたわけでもない。
廃墟へ行かなければならないルールもない。
それでも――
自然と、足がそちらへ向いていく。
決戦の中心。
誰もがそう感じていた。
そしてその場所を現在陣取っているのは――オールド。
残り九人。
三日目。
舞台は整いつつあった。
◇
やがて、一時間が経過する。
全員が新エリア内へ入ったことを運営が確認。
端末の表示が変わる。
《SAFE MOVE TIME 00:00》
そして――
《COMBAT ACTIVE》
無敵解除。
いよいよ三日目の戦闘開始だ。森が、また静かになる。
さっきまでと同じ静寂ではない。
意味が違う。
今は、誰が先に動くかを待っている静けさだ。
周斗と愛理は、木陰から廃墟の方向を見る。
ここからでも建物の上部が少し見える。
だが、人影はない。
「先に出た奴が負ける」
周斗が小さく言う。愛理も声を落として作戦を促す。
「でも、このままでもダメですよね?」
「ああ」
残り九人。
六人まで減れば、その時点で2nd STAGE終了。
減らなければタイムアップ時のポイント判定。
周斗たちは、すでにポイントを削られている。
無理に出れば撃たれる。
出なければ、時間切れで不利になる可能性が高い。
「タイムアップなら、おそらく俺たちはポイントで不利だ」
「では、攻めますか?」
「それしかないな」
周斗がそう答えると、愛理はすぐさま提案する。
「なら、私が囮になります」
即断即決、迷いのない目を向けている。
「待てって――」
「はい?」
「あと一人でベスト八なんだぞ。今すぐ無理しなくたって――」
「いいえ!」
言いかける周斗の言葉を、愛理は強く否定して遮る。
さっきまでとは、少し顔が違う。
迷いはないようだが、怖くないわけではない。それは周斗にもわかる。
身体にも少し力が入っている。
呼吸も、いつもより浅い。
けれど、逃げようとはしていない。前へ進む勇気が感じられた。
「二人でFINALへ行くんです」
愛理は力強く言う。
「確実に仕留めてくださいよ、周斗さん」
そして、不敵に笑った。
周斗は一瞬、言葉を失う。
初日に出会ったとき――
助けてほしい。
守ってほしい。
そう言っていた少女が、今は自分から囮をやると言っている。
きっと、FIELDへの参加を決めたときよりも、勇気を持って。
楽しみ始めたのだ。本当に――この『FIELD』を。
「……仕方ねぇ!」
周斗も笑う。
「援護は任せろ!存分に敵を釣ってこい!」
「はい!」
愛理が走り出す。わざと、見える場所へ。
木々の間を抜け――開けた場所。
あの廃墟の前に。
そこに、一人だけ目立つよう、走り出す。
当然、食いつく者がいる。
ガサッ。
愛理の横、低い位置から人影。
昨日の周斗たちとは逆、今度は周斗たちが攻めに出る番だ。
しかし――
「えっ!?」
――速い!
愛理が指を向けるより先。周斗が狙いを定めるよりも先――
――懐へ入られた。
女――小柄ではない。重心がやけに低い――
"グラップラー"こと浦部だ。
踏み込みに迷いがなく、深い。一瞬のうちに愛理の背後へ回り込み、腰へ腕を回す。
「わっ――」
愛理の身体が軽々と浮く。愛理の足が地面を離れ、そしてそのまま――
反る。
柔道やレスリング技、“裏投げ”だ。
だが、ただ後頭部から叩きつけるような危険な投げではなかった。
腰を深く落とし、愛理の下半身をしっかり抱えた上で上体を十分に持ち上げる。
そこから、自分の身体ごと後方へ倒れ込みながら、頭ではなく――
背中。
肩。
広い面から接地させる。
叩きつけるというより――強制的に寝かせる。そんな優しい印象の投げだ。
ドスン……
「きゃっ!」
愛理の背中が地面へ落ちる。
競技ウェア。
違反判定。
なし――セーフ。
周斗は指を構えたまま、一連の動きを見ていた。
「上手い!」
思わず称賛の声が出る。
ただの柔道経験者ではない。FIELDで使うことを前提に、技を調整している。
相手を痛めつけない。
反則にならない。
それでも確実に姿勢を崩す。
しかも、相手が愛理だとわかってて一層丁寧に優しく投げている。相当な腕前と余裕だ。これがもし周斗相手だったのなら、容赦なく投げていただろう。
浦部はそのまま愛理の背中へ回り、片腕を回し、脚を絡めて拘束し、完全に抑え込む。
愛理の上体を固定したまま、もう一方の手。
人差し指を愛理の頭へ――
「っ!」
愛理が必死にその腕を両手で掴む。
撃たせない。
浦部も指を押し込む。
片腕と両腕――それでも力比べは拮抗している。
だが、近い。
近すぎるのだ。
簡単には指先を頭へ向けられない。
互いの腕。
手首。
肩。
身体。
全部が邪魔になる。
Fバンという銃を持っているから近づけば終わる。
――そう単純ではない、むしろ密着すればするほど、射線は作りにくくなる。
指を向けるためには腕を動かさなければならない。
その腕を、相手も掴める。
相手を締め上げて意識を落とすような技は、禁止だ。だからそのリスクがないぶん、愛理も拘束を解くよりも相手の指をこちらに向けさせないことだけに、両手が使える。
FバンにおけるCQC。
そこには、通常のFバンの射撃とはまったく別の技術がある。
「くっ……!」
愛理が両手で相手の腕を押さえ、頭から引き剥がす。
「おとなしくして!」
浦部も腕に力をかけ、指を頭へ向けようとする。
そこで周斗も飛び出した――しかし難しい。
距離。
角度。
今のまま撃つのは無理だ。愛理と重なりすぎている。
外せば愛理に当たる――いや、自分の射撃精度では、その可能性のほうが高すぎる。
なら――別の方法だ。
周斗は距離を詰める。
浦部が気づき、顔が向く――その時。
周斗へ指を向けるべきか――だが愛理を離せば逃げられる。
その一瞬、浦部の判断が遅れた。
周斗はそこへ入った。
「すまん!」
右腕を振り下ろす。
指ではない。
掌。
至近距離。
バン!!
通常の射撃音より、少し太い音。
拡散放出――BOMBだ。
浦部の顔の近くで放出する。身体そのものへダメージを与えるほどの力はない。だが、風圧に似た衝撃が襲う。
髪。
砂。
細かな土。
目の前で一気に散る。
「ぶわっ!」
浦部は反射的に顔をそむけた。もちろん、愛理もBOMBの衝撃はダイレクトに受けている。しかし――
愛理はBOMBがくることを読んで、歯を食いしばって隙を待っていた。
浦部の拘束がBOMBによって少し緩んだその隙――
「今!」
愛理がそこから抜け出す。
――同時に周斗はすぐに指を構えた。
浦部の頭。至近距離でそこへ狙う。
だが――
BangBangBangBang!!
「!!」
横――周斗たちが来た方向から大量の発射音。
周斗が反射的に愛理を突き飛ばす。
「わっ!」
愛理は地面へ転がり、愛理を突き飛ばした反動を利用して同時に周斗も跳ぶ。
だが――
一発。
脚。
競技ウェアが反応する。
《3》
「ちっ!」
被弾。
一ポイント。
それでも周斗は止まらない。そのまま倒れている浦部の腕を後ろへ回しながら背後へ回り込むと、その腕と肩の関節を極め、拘束する。
相手はグラップラーの二つ名を持つ浦部。先ほどの立ち回りからしても手加減できる相手ではない。完全に関節を極めなければ逃げられる。
周斗は油断なく確実に関節を極めたまま、その身体を引き上げる。
盾だ。
「ちょっ、待っ!?」
焦る浦部。だが周斗は容赦なく相手の身体を自分の前に立たせ、盾に使う。
「女性への対応としては最低だが、これもFIELDなんでね」
弾幕がくる。
「ちっくしょー!」
浦部はすべてを受け入れ、ただ無防備なまま、盾にされたまま、弾幕を浴びる。
Bang!
Bang!
Bang!
連続。
競技ウェアが次々に反応する。
ポイントが削られる。
赤い《1》。
そして――
《RETIRED》
「あぁーくっそぉー!」
グラップラーこと、浦部巴。
ここでリタイア。
残り、八人。
この時点で愛理――
最初の目標であるベスト八、達成!
だが、喜んでいる暇はない。
浦部が《RETIRED》になった瞬間、もう競技上は非戦闘員。
そこから先も盾として利用すれば、明確なルール違反になる。
周斗は表示を確認すると同時に即座に手を離した。
「悪い!」
浦部の身体を押し出すのではなく、自分から外れる。
そして反対方向へ、森へ向かって走る。
次の弾幕が、今度は周斗を追う。
Bang!
Bang!
Bang!
Bang!
森の中から次々と、周斗を追うように弾幕が次々と扇状に撃ち出されていく。
頭の横。
地面。
周斗の背後。
次々にパルスが走る。
ここで周斗は敵の意図に気が付く。
――愛理と離すつもりだ。弾幕の多さからしても少なくとも二人、組んでいる。
だが、今愛理の元へ戻るのは得策ではない。周斗はそのまま敵を引きつけるべく、走る。
弾幕は――追いつけない。周斗は一直線には逃げない。
横側からの攻撃――単純に左右に動いてもあまり意味はない。
だから――
一瞬速度を落としてステップバック。
前回り受け身で姿勢を低くしながら前進。
そしてその回転の余力を使ってそのまま立ち上がり駆ける。
直撃しそうな射線は横に飛び込んで受け身を取り、射線から逃げる。
敵になるべく技を見せないようにしながら、走る。
疾走のエネルギーを次の動作へ転用するには、少し負荷の大きい泥臭い回避だ。
だが、“今”はこれでいい――
「ちっ!」
もう、TRACKでは捉えられない距離――
森の奥から二人の男が姿を見せる。
待ち伏せから撃ち続けるより、前へ出て追い込む方へ切り替えてきた。
現れたのは――
真中鉄矢。
そして。
"虎トラッカー"こと丸山小虎。
二人組だ。
それぞれ指を構える。
だが狙う相手は違った。
真中の視線――愛理。
虎トラッカーの視線――周斗。
自然と役割が分かれた。
真中――BURST。
その圧倒的な手数が愛理へ。
虎トラッカー――二つ名が示す通り、TRACK。
動く相手を追う射撃手が、周斗へ。
そして次の瞬間。
二方向からまったく性質の違うFバンが、一斉に火を吹いた。
――――――――――
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※制作環境・生成AI利用については目次ページに記載しています。
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