08 補給回収/廃墟を探す

 

『Fバン!!』

著:木耳 骨

全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。

▶ 本編全24話・目次はこちら

[『Fバン!!』ハブ投稿]



08 補給回収/廃墟を探す

 

玲二がリタイアした地点。

周斗は遠くから愛理の射撃音が聞こえたあとも、すぐにはその場を離れなかった。

倒した相手がもう戦闘へ戻れないことは、競技ウェアの《RETIRED》表示を見ればわかる。だが、それで周囲の安全まで保証されたわけではない。

遠く。

木々。

斜面。

枝葉の揺れ。

他のプレイヤーが寄ってきていないか。

さっきの狙撃戦を見ていた者がいないか。

周斗は呼吸を整えながら、視線だけをゆっくり巡らせる。

――異常なし。

そこでようやく、玲二の足元に置かれていたザックを手に持ち、愛理の元へ向かった。

合流したとき、愛理も同じように、倒した相手のザックを持ってきていた。

再び安全を確認した後、周斗はしゃがみ込み、ザックの中身を確かめ始める。

大会支給品。

水。

食料。

寝袋。

思ったよりかなり多い。

それどころか、玲二が初期支給品だけでなく、やはりあのコンテナ襲撃後に中身も確保していたことがわかる。

狙撃手――

真正面から補給地点へ行く必要がない。

他人が争ったあと。人が減ったあと。安全になってから回収する。

あるいはコンテナのように誰かが運び出したものを遠距離から奪う。

玲二なりのFIELDの立ち回りが、持ち物からも見えた。

「まっ、ご苦労なこって」

周斗は水のボトルを一本持ち上げる。

「ありがとさん」

その言葉に、同じように倒した相手のザックの中身を確認し、几帳面に一つ一つ取り出して並べている愛理が小さく声をだした。

「悪い言い方ですねぇ」

なにが?と言わんばかりにそちらを見る周斗。

「わたしたちのために犠牲になってくれたのに」

周斗が真顔になる。

「いや、ヤッたの俺たちだからね」

「それはそうですけど」

「だったら犠牲じゃなくて戦利品だろ」

「もっと言い方悪くなってますよ?」

周斗は肩をすくめる。

「拾えるものは拾う。ルールで認められてる。なら拾う」

愛理は少しだけ口を尖らせたが、反論はしなかった。

実際、今の二人にはそれが必要だった。

昨日の夜。

そして今朝。

水も食料も足りない。

寝袋も周斗にはなかった。

その意味では、玲二たちが持っていた物資は、まさに命綱に近い。

やっと一安心できた周斗は、あることに気付いた。

玲二と愛理が倒したプレイヤーのザックの中身、玲二のほうが明らかに少なかった。

そこで二人のやり取りを想像してみる。

おそらくは昨日の時点で同盟を組んでいたのだろう、でなければ、朝一番からあれほど連携は取れない。そして当然、同盟を組むにあたって、取り分の交渉もあったはず。

実力はどう考えても玲二が上。だが物資は玲二のほうが少ない。そこからさらに推測すると、同盟は簡単には結ばれなかったのではないだろうか。裏切られる可能性が高い、それがFIELDだ。ましてや玲二は強い、ならばもう一人は物資を回収したあと自分が撃たれ、すべて奪われる可能性も考えたはず。

そこで、相手を納得させ信用させるために、自分より多くの物資の分配を約束した。

そんなところではないだろうか。もちろん、この推測にも穴はある。多く分配したところで後から裏切られる可能性まで否定はできない。

だが、もう一人のほうも、物資にはかなり困っていたのだろう、それに強欲だ。一人分なら三日生きるには余りあるほどの量を手にしている。

周斗はふむ、と鼻を鳴らす。

FIELDは、交渉、そして何より相手選びも重要なのだ。その点だけでいえば、周斗は結果的に相当に運が良かったといえる。

なにしろ、愛理はなんの見返りもなく自ら食料を分けてきたのだから。

周斗は物資を整理する愛理を眺めながら、少し笑う。

「これで明日の朝のコンテナは狙わなくて済むな」

それから二人は手早く必要なものを分け、その場を離れた。

 

◇

 

しばらく歩く。

なるべく開けた場所を避け、見通しの悪い森の中を選ぶ。

今朝だけでかなり人数が減った。

ということは、逆に言えば残っているプレイヤーは、昨日よりも警戒心が強くなっている。

誰もが補給を欲しがる。

誰もが他人の物資を狙う。

誰もが、昨日以上に相手を探し始めている。

周斗は歩きながら、時々振り返った。愛理は落ち着いてついてきている。

昨日よりは少しだけ、足取りもこなれている。

森の中で音を立てない歩き方。

木の陰を使う癖。

視線の配り方。

そのどれもが、まだ素人臭い。

けれど、昨日のように何も考えず突っ走るだけではなくなっている。

周囲を警戒しつつ、低い木々の枝を静かに払い、足元を確認しながら、ついてくる。

愛理は一人、自分の力で落とした。

たったそれだけでも愛理の中で何かが変わったらしい。

周斗は、そんなことを考えながらも、口には出さない。

やがて――

二人は比較的見通しの悪い斜面の裏へ入った。

ここなら休憩しても、簡単には見つからないだろう。

周斗はザックを下ろす。愛理も、その隣へ座り込んだ。

水。

行動食。

ようやく落ち着いて口へ入れられる。

周斗は行動食を開けた。中身は相変わらず、保存性重視の乾いたビスケットタイプ。

口へ入れる。

パサッ。

水分を全部持っていかれる。

「……これ、ほんと食いにくいな」

FIELDはサバイバルゲームだが本物のサバイバルではない。長期的な保存性などにあまり意味はない。二、三日程度常温で日持ちするものならなんでもいいはず。それに今どき、缶詰めやレトルト食品だってバリエーションは豊富だ。だからもっと食べやすいものにしてくれたっていいのに。

周斗がそんなことを考えていると、隣からジョロジョロとなにかを注ぐ音がした。

目を向けると、愛理だ。愛理は自己加熱式食品の箱に、発熱用の水を注いで温めだしていた。

自己加熱式食品とは、容器の底に備え付けられた生石灰、つまり酸化カルシウムを利用した温め方法だ。

駅弁などでは、これと水を分離させた状態で保存し、食べるときには紐を引いて混合させ、化学反応を起こし、そこから発せられる急激な熱を利用して温める。

保存食では愛理のように発熱剤と水を合わせて温める仕組みが多い。こうした自己加熱式食品は、水や鍋、火などのない被災地でも温かく、ある程度文化的な食事が楽しめる商品として幅広く重宝されている。

「そんなんあったの??」

そう、思わずこぼす。いい匂いがしてきた。実に食欲をそそる刺激的な匂い。カレーだ。

「温かいご飯です!半分こしましょう」

こちらから言う前に分ける提案をしてくる。初日と同じように。少しFIELDプレイヤーとして成長したように見えても、こういう根っこのお人好しさは変わらない。

それは愛理の天性の優しさでもあるが、これは戦争ではない。あくまで“スポーツ”だからこそ、こうした状況下でも人間らしさを失うことはない。

言ってしまえば"余裕"でもある。本物のサバイバルとは、切迫感が雲泥の差だ。

しかし、そうした安全に楽しめるサバイバルゲームとしての側面も含めて、FIELDは絶大な人気と、フィールダーへの憧れが強いのだ。

周斗は素直に「ありがとな」と返す。本当に、純粋に嬉しい。

そして――美味い!

一気に口の中へかき込む周斗の横で、愛理は水を飲む。

飲む。

まだ飲む。

喉を鳴らして、かなり豪快に。

「そんな飲む?」

愛理はやっとボトルから口を離した。

「喉乾いてたんです」

「わかるけど。配分はちゃんと考えろよ?余裕あるとはいえ、まだまだ動くんだからな」

「昨日よりいっぱいあります」

「うん、聞いてた??いっぱいあってもね、飲んだらなくなっちゃうのね」

「大丈夫です。私、計算できますので!」

周斗が再びビスケットを咀嚼しながら、少し呆れたように見る。

「さすがにそこまで頭の心配はしてねぇよ」

「してたみたいな言い方ですけど?」

「してねぇって」

愛理は怪訝な顔で周斗を見る。

「……怪しい」

周斗は無視して、今の人数を頭の中で整理する。

「これで、14人か?」

「そうです」

愛理は即答してみせた。

「玲二さんと、私が倒した人で二人減って、16人から14人です」

「さすがに引き算は早いな」

「だから計算できますって!」

「はいはい」

周斗は残った行動食を一口かじる。

「けど、まだ多い」

「6人までですからね。あと8人」

「おまえを残すとこまでならあと6人だ」

その言葉に、動きが止まる。そしてゆっくりと周斗を見ると、その目は見開いていた。

「あ、明日も協力してくれるんですか!?」

周斗は一瞬、何を言われたのかわからない顔をする。

それから――

「あー……」

考える。

昨夜は朝まで。そして今朝は今日一日。そういう同盟契約だ。

そこに順位の話までは含まれてはいなかった、そのつもりだったし、そのはずだった。なのにいつの間にか愛理は明日の話をしている。

周斗は、そこへ深い意味を持たせないように答えた。

「今日のうちに減らせるなら、減らした方が明日楽ってだけだ。自分のためにもな」

「でも明日のこと考えてますよね?」

「考えてるだけ」

「つまり明日も一緒にいる前提では?」

「違う」

「違わない気がします」

「しつこいぞ」

愛理は、少し嬉しそうだった。

それを見て、周斗はほんの少しだけ――面倒なことを言ったかもしれないと思う。

けれどもう遅い。

愛理は、さらに勢いづく。

「私だってもう一人倒したんですよ!」

「はいはい」

「“はいはい”じゃないです! ちゃんと一人です!」

「わかったって」

「戦力になってます!」

「ん。なら――」

周斗が行動食の袋を折り畳む。

「もう一仕事してもらおうか」

「?」

愛理は不思議そうな顔で首をかしげた。

 

◇

 

スタジオ。

巨大モニター。

そこに映し出された映像を見て、司会者が絶叫した。

『なっ!!』

心臓まで止まったかのような一拍の後、さらに大きな声で叫ぶ

『なんだこの状況はァアアア!?』

客席もこれまでとは違ったどよめきだ。

スタジオからはFIELD観戦らしくない、しかしバラエティとも違う、まるで突然拡散されたオモシロ動画を、みんなで眺めているかのような、そんなざわめき。

それもそのはず――

『ボーイスカウト!!24番を肩車してるゥ!?』

モニター映像。森の中、周斗。

そしてその肩の上に、24番。

視聴者コメントも困惑だ。

《何してんの?》

《デート?》

《いやFIELDだぞ》

《羨ましい》

《なんで肩車》

《イチャついてんじゃねーよ》

《索敵?》

《高い位置から見てんのか?》

《我こそがフトモモ》

推測とやっかみと、意味不明なコメントが飛び交う。

司会者もモニターへ顔を近づける。

『なんだいコレ!!急に青春始まったヨ!?』

対して、実況席は冷静だ。

『そんなわけないでしょう』

『じゃあ何してんノ!?』

『見ればわかるでしょうが。高い位置から遠方を確認しているんじゃないですか』

司会者は残念そうな顔をして毒を吐く。

『つまらん答えだネ!!』

客席が笑う。が――その声はいつもより小さく、多くは食い入るようにモニターを観ていた。

 

◇

 

FIELD。

周斗は、愛理の両脚をしっかり支えながら、慎重に立っていた。

「どうだ?見えるか?」

肩の上。

愛理は両手で周斗の頭を軽く支えながら、木々の向こうへ目を凝らしている。

視界。

いつもより高い。

それだけで森の見え方はかなり変わる。

「うーん……」

右。

左。

遠く。

「こっちではなさそうです」

「はいよ」

周斗がくるりと向きを変える。

その瞬間、愛理の身体がわずかに傾く。

「はわっ!ちょっ、もっとゆっくり!」

「暴れんな!」

「急に回るからでしょう!」

「このくらいで崩れるなよ」

「あなた基準にしないでください!」

周斗は小さく舌打ちする。

「落ちるぞ」

「それが怖いんです!」

「ならしっかり掴まれ」

「掴んでますぅ!」

二人は一体、何をしているのか。

本当に索敵なのか。

理由は少し前に遡る。

 

◇

 

玲二戦。

あの瞬間、周斗は高く跳んだ。

JETを使い、空中で回転したその一瞬の視界。

一瞬だけ。けれども普段とはまるで違う高さだ。

木々の上。

遠方。

そこに、コンクリートのような色の、建物か、あるいは廃墟か。

いずれにしても人工物。そんなものが見えていた。

ただ、玲二を追いながら移動し、倒してからも移動を繰り返したため、今となってはどの方向だったのか、正確にはわからなくなっていた。

そこで周斗は愛理へ聞いた。

「おまえ、RANGE寄りなんだろ?」

愛理は微妙な顔をする。

「“レンジャー”って言われるとちょっと自信ないですけど……」

「目は?」

「視力2.0です!」

「わぁお、マジ?」

「そこは自信あります」

周斗は少し考える。

そして――

「じゃあ上から探せ」

「上?」

「肩車」

「え」

「高い方が見えるだろ」

「え……」

愛理の顔からは、すっと表情が抜け、呆然と周斗を眺めている。

「何?その顔」

言われて我に返る愛理。慌てて口を動かすが、歯切れが悪い。

「へっ!? あーいや……その……」

「嫌ならいいぞ」

「嫌とは言ってません!」

「じゃあ決まりだ」

合理性しか考えてないデリカシーのない周斗の強引な押し。そんな流れだった。

 

◇

 

そして今。

愛理は周斗の肩の上で、遠く、見渡す。

「……あのぉ」

「ん?」

「これ、結構危なくないですか?」

「何が」

「敵に見つかったら」

「まぁ、そうだな」

「そうだなじゃないですよ!」

当たり前である。これまで慎重に警戒を怠らず行動してきた二人だが、こんなあからさまに目立つことをしては、これまでの努力の意味がない。

しかし、それでも周斗たちが肩車をするのには、大きな理由があった。

それがあの一瞬見えた建物である。

「だから早く見つけろ。今晩を越す前にリタイアになるぞ」

「いっ、今撃たれたらどうするんですか!」

周斗は少し考える。

「上にいるのおまえだから」

「はい?」

「撃たれるのも上のおまえ。リタイアするのもおまえ」

「ひどいです!」

「頭だけは守っとけよ」

「フォローになってません!」

周斗はいたずらっぽく笑う。

「俺は下で動けるから」

「私は?」

「揺れるぞ」

「雑!」

愛理は少し不満そうにしながらも、また目を細める。

向き。

少しずつ。

変える。

木々の隙間。遠方。影。岩。斜面。

そして――

「あっ!」

周斗が止まる。

「見えたか!?」

「ありました!」

「どこ?」

「えっと……こっち!」

愛理が急に身体ごと向きを変えようとする。今度は一瞬周斗の身体がブレる。しかしその程度で転げるような男ではない。体勢を整えながら的確に指示を出す。

「待て待て、指だけで示せ」

「すみません」

愛理が前方へ指を伸ばす。

「かなり遠いですけど、確かにコンクリートの建物があります!」

周斗も、ゆっくりと身体の向きを変え、見える範囲でそちらを確認するが、当然、地上からではほとんどわからない。

「よし」

周斗の頭の中で今夜の予定が固まる。

建物。それも屋根がある。壁もある。風が防げる。雨さえも、だ。

そして今は寝袋がある。

昨晩、実のところ、夜の冷え込みには周斗の鍛え上げられた身体でも、それなりに堪えていた。

身体が冷えてしまっては、普段と同じパフォーマンスは臨めない。ましてや初めての実戦だ。体調は万全に整えておきたい。

スタントマン志望の周斗は、体調管理にはうるさい性質でもある。なにしろ身体が資本だ。

これが、敵に見つかるリスクを冒してまで建物を探していた理由だった。

しかし問題は、そこに誰かいるかどうかだ。

「今夜の拠点決まりだな」

「誰かいたら?」

「そのとき考える」

「奪う?」

周斗が笑う。

「おまえ、本当にFIELD向いてるかもな」

「カツアゲですね!」

「建物はさすがにそうは言わないんじゃないか?」

二人して、少し笑い合う。

そして周斗が愛理を下ろそうとすると、またも愛理がバランスを少しだけ崩し身体を反らした、その瞬間――

「ぃたっ!」

愛理の身体が急にこわばり、身体を丸めかける。下の周斗にも伝わる、なにか刺激を受けたときの反射だ。

周斗のたちまち表情が変わる。

「被弾したか!?」

さっきまでの軽い空気が一気に消え、緊張が走る。

周斗は肩から愛理の脚をするりと抜くと、同時に落下してくる愛理をそのまま受け止め、覆うように身を伏せる。

「伏せてろ!――またレンジャーか?おい、痛みはどうだ?」

「いえ、ちょっと痛かっただけで、ぜんぜんです」

そう言って胸元をさする愛理。しかし周斗はその胸元でなく競技ウェアに目が向く。

表示。

変化なし。

《5》

周斗は眉をひそめる。

「ん?おまえ、ポイントが減ってないぞ?」

「はれ?」

戦闘とは違う、妙な緊張感が漂う――

 

◇

スタジオ。

会場には何故か怒声にも似た声が飛び交っている。

司会者はまたしても絶叫した。

『ストォオオップ!!』

映像が一時停止される。

『今!!24番、何かに反応したヨ!?』

実況席も目を凝らす――だが、よくわからない。

『被弾でしょうか?』

『でもポイント減ってナイ!!』

巨大モニター。

《5》

変化なし。

視聴者コメントも同様になにが起きたのかわからない、そうしたコメントが流れるが、一部、別のことに注視している声も見られた。

《当たってない?》

《でも痛そうだったぞ》

《判定ミス?》

《センサー不具合?》

《ラグ?》

《いいや!今見るところはそこじゃない!!!!》

観客席では、一部の声が大きく轟いている。

「さっさとリプレイよこせぇえええ!!」

「スーパースロー!スーパースロー!」

司会者は進行を続ける。

『固定カメラ!!』

別角度。スローモーション。

ほんの一瞬、なにかが当たっているようにもみえる。

『3D映像!!』

そこには小さく、しかし確かに微弱なパルス反応が一つ映っている。

愛理の競技ウェア表面だ。

そしてパルス光はフッと消えている。

『なんか当たってるネ!?』

実況席でも確認できた。

『少なくとも、完全な空振りではなさそうです』

いつものノリできちんと状況を整理する司会者たち。しかし、司会者と実況の温度感と、観客や視聴者たちの温度感が、なにかズレはじめていた。

視聴者コメントはその答えを提示しないまま、加速する。

《今の見たか!?》

《固定カメラ固定カメラ!!》

《スローモーション!スローモーション!》

その違和感に、司会者は眼前の出演者用のモニターに詰め寄り、穴が空くほど見つめる。

すると何かに気がつき、即座に声を上げて映像を止める。

『こっ!これはコンプラ大丈夫かぁ!?映像一旦止まります!』

巨大モニターには『FIELD』のロゴマークが表示され、FIELD上の映像が遮断される。

視聴者コメントがさらに荒れる。

《いやおまえらの倫理観どうなってんだよ!もっと酷いもんあっただろう!》

《いいから早くしろリプレイ!》

《録画準備!》

《拡大スーパースロー出せ!》

 

周斗たちの与り知らぬたころ。視聴者たちが見たかったもの。

それは――

司会者が満面の笑みで視聴者たちに応える。

『やったネみんな!!OKでたヨ!!みんな目ぇ見開いてよぉく見ろヨ~??』

巨大モニターには、拡大スーパースローで映像が流れる。

そこには――

揺れる。ぶるんぶるんと揺れる、愛理の二つの胸だ。

会場からは雄叫びが鳴り響く。

『みんなぁー!!録画したかなぁ!?スマホの子たちはスクリーンレコードも撮れたかなぁ!?』

視聴者コメントも大盛り上がりだ。

《すっげぇ、これで露出度高いユニフォームなら最高だったのになぁ》

《フトモモも見たかった!》

《いやさすがにNGだろ》

《我らがフトモモだ!!》

プレイヤーたちがしのぎを削り、周斗たちがまだ見えぬ敵を真剣に探す中。観戦するものたちだけが別のものを見ていた。

 

◇

 

再びスタジオ。

司会者は煽りはするが、仕事もする。

『んーしかしこれはどういうことダ!?技術担当スタッフさぁーん!』

一人の技術担当スタッフがマイクを受け取る。

『はい、現在確認しています』

視聴者コメントは期待で揺れる。なにしろ先ほど周斗のBOMBやJETがセーフ判定となったばかりだ。自然と期待値も上がる。

だが、期待の方向性は、少し違っていた。

《これは、まさかまさかの??》

《ありえるんでない??》

技術スタッフは手元のPCで精査する。

画面。センサー記録。人体モデル。ウェア。表面パルス検知。

司会者が待ちきれず催促する。

『でぇ結論は!?』

技術担当スタッフの一人が、冷静に状況を伝える。

『まず、人体判定の問題ではありません』

司会者は思春期の少年みたいに、はしゃいで興奮する。

『なななんとぉ!機械的なアタリ判定では、被弾なし!!そりゃあそうだよネ~?だってあんなにボインボインって突き出てるもんネ~!』

「やっぱりかぁあああ!!」

そんな声が会場に上がる。

つまり、期待していたのはアタリかどうかそのものではない、ウェアの表示が反応しなかったその理由だ。突き出たそれは、身体の一部ではない、それほど突き出ている、という確証を期待していたのだ。

しかし、スタジオ内の技術席から担当スタッフが立ち上がって即座に否定する。

『違います!!プレイヤー本人の身体への接触自体は確認できています。ただし、競技ウェア上の有効被弾センサーが、規定値以上のパルス反応を検出していないだけです!!』

巨大モニター。

《CONTACT》

《BELOW VALID THRESHOLD》

客席も、視聴者コメントも、賛否両論飛び交う。

「おお……」

「当たってはいるのか」

「だから揺れてんだよ!!」

 

《ルール上はそうなるよな》

《別によくね?あれくらい》

《でも直した方がいい》

《次回対策案件》

《揺れるが正義》

 

技術担当は厳しい目付きで続ける。

『ただし、これは運営側の課題です。女性プレイヤーの競技人口が極端に少なかったため、体格差やウェアのフィット状態の違いを含めたセンサー配置の検証が、十分ではありませんでした』

実況席も少し真面目な空気になり、言葉を重ねる。

『今回のケースは、競技の公平性という意味では看過できませんね』

技術担当も頷き、続ける。

『大会後、表面パルスセンサーの配置、検出感度、ウェアサイズ別の補正設計を見直します』

だが司会者は変わらず、思考はルールや技術の設計、運営のことではなく、少年のままだ。

『つまり今日はセーフってことだネ!!次から改善!!イェイ!!』

技術担当は苦い顔で答える。

『簡単に言えば、そうですが……』

『よぉおおおし!!』

司会者がガッツポーズを決めると、実況席からは怪訝な声が飛んでくる。

『何であなたが喜ぶんですか』

しかし、視聴者側でも、技術的な話。ルール判定。ウェア設計。様々な話題が飛び交っている。

だが、論点はやはりズレがちだった。

《こういう珍しいケース出るの面白いな》

《運営が即説明するのはいい》

《新競技だからこういう穴あるんだな》

《改善されるなら妥当》

《24番ラッキー》

そうしたまともなコメントも勿論見受けられたが、それをすべて洗い流す勢いで別の話題が盛り上がる。

《何カップだ!?》

《これ絶対Fは軽く超えてるだろ、こんなキツキツユニフォームなのにこのボインボイン》

《しかもピチピチなのに揺れるとか!Hカップとかあるんじゃね??》

《あー、俺好きになっちゃったかも》

ある視聴者の部屋。机にはモニターが六台も設置され、固定カメラ、プレイヤー主観カメラ、3D映像、スタジオ、ネット検索が二つ、表示されている。完全にガチな視聴者だ。

その部屋の主がタァーン!と強くエンターキーを叩いて1つのコメントを送信した。

《ネットで見つけたヨ。Eカップだってサ。グループのメンバーが暴露してたヨ。結構古い情報だネ》

そのコメントに会場も視聴者もざわめく。

「え?もっとない?」

「これはあるって!」

視聴者コメントも続く。

《育ってんじゃね??古い情報なんだろ??》

《俺、公式サイト調べた。あーりん活動2年目》

《2年で育つ??》

 

しかし、実際のところ、愛理の胸は視聴者たちの期待ほど大きくはない。

映像では愛理単体が映し出されている。しかし、比較対象のない映像では、しばしばスケール感が正確に掴めないものだ。ましてや愛理の体格は小さい部類。それでいてかなりの細身だ。だから錯視で胸が強調されて視聴者の目には映っている。

加えて、動いている状態をスローモーションで再生すれば、大小の差こそあれ、明らかに揺れて見えるのも当たり前のことだ。

それが真実なのだが――

会場の熱気は加速度的に上がっていく。

そこに1つのコメントが送信される。

《あーりん所属事務所、担当マネージャーです!あーりんの胸はEカップで間違いありません!》

モニターにも表示されるが、もはや誰もコメントは観ていなかった。

ただ、拡大スーパースローで繰り返し再生される胸部だけを、見入っていた。

解説やゲームの改善を真剣に語る実況と技術担当スタッフをよそに、勝手に盛り上がる視聴者たち。

その一方で司会者は、なぜか別の方向へ話を持っていきたそうな顔をしている。

実況席は先回りして食い止める。

『余計なこと言わないでくださいね』

『まだ何も言ってないヨ!?』

『顔でわかります』

客席は笑いと興奮で包まれていた。

 

◇

 

FIELD。

二人は身を低くし、周斗は周囲を探す。愛理は周斗に従ってひたすら小さく丸まっていた。

狙撃――か、近距離――か。

しかし、射撃音は聞こえなかった。一体どこから。

それに、次の一発が、来ない。

物音さえもない。

周斗は再び愛理に確認する。

「当たった感覚あったんだろ?」

「はい。でも……ほんのちょっと」

「……」

周斗は再び、さらに周囲を強く警戒する。

何かがおかしい。

「射線、わかるか?」

「全然です」

「次が来るかもしれん。ゆっくり移動するぞ」

「はい」

二人は、さっき見つけた建物とは少し違う角度へ進む。

すぐに真っ直ぐ向かわない。

一度、離れる。そして大きく迂回する。

追跡されていないか。

狙撃手がこちらの移動を読んでいないか。

それを確認してから、改めて廃墟の方向へ向かう。

それらしい気配はないが、それでも慎重に進路を変えながら廃墟へ歩みを進めていく。すると愛理が小さく声をかけた。

「あのぉ……周斗さん」

「ん?」

「さっきの」

「何?」

「肩車……」

周斗が振り返らずに答える。

「ああ。建物は見付かったな」

「そうじゃなくて!何かないんですか?」

「何かって、何よ?」

「感想です」

「感想?」

「そうです!」

周斗は少し考える。なんとなく、愛理の言いたいことは察していたが、それを素直に答えるには憚られる。

「高かった?」

「上だったのは私ですよ!」

「怖かった?」

「それはっ、ちょっとありましたけど、そういうことじゃなくて!」

周斗は愛理の意を察しているが、愛理は周斗の意を汲み取ってはくれない。これ以上は流し切れそうにない、そう判断した周斗は、ようやく振り返る。

「じゃあ何さ」

愛理は少しだけ頬を膨らませる。

「アイドルを肩車したんですよ?」

「したな」

「何かあるでしょう?」

「……何が?」

「だから!」

愛理は少しだけ考えて、たとえを言う。

「かっ、軽かったとか!」

周斗は少し気が楽になった。それくらいなら言える。そう思った。けれどもニュアンスには配慮する。

「ああ、重くはなかったな」

これならば今の愛理のセリフをほぼ返しただけだ。だが、愛理はまったく納得しない。

「褒め方がゼロ点です!」

「じゃあ何て言えばいいんだよ」

「かわいかったとか!」

周斗が一瞬、止まる。

そして――

「自分で答え言ってんじゃねぇか。だいたい肩車しててかわいいとかないだろ?おまえのことなんも見えてねぇのに」

「そこは!言う努力をしてください!」

愛理は不満どころかかなりご立腹だ。

周斗は歩きながら、少し困ったように頭を掻く。そして本音を言う。

「そういうのはだなぁ……」

「はい」

「たとえ本人にそのつもりなくても、セクハラだのなんだのって叩かれるんだよ、イマドキは。だから意図的に身体的な特徴とかには言及しないようにしてるの。別に、おまえがどうこうじゃない、誰に対しても、だ」

ふっと、冷静な顔になる愛理。

「急に現実的ですね」

「大人だからな」

「ハタチですよね」

「だから大人だよ」

それでも愛理は納得できない。周斗の言い分は理解できる。でも、気持ちは理屈ではないのだ。

「女の子にとっては、その身体的特徴っていうのを褒められるのもモチベーションなんですけどねぇ」

「……そうか?」

「そうです」

「じゃあ……」

周斗は考える。

本当に、真剣に熟考する。

そして――

「無敵のおっぱいスンゴイ」

「セクハラです!!」

「なんでだよ!!言えって言ったじゃねぇか!!」

「なんですか無敵のおっぱいって!私の胸は武器かなんかですか!」

「実際ノーカウントだったろ!?」

「そこは問題じゃありません!むしろスルーしてください!おっぱい褒めるならもっと素直に――」

「あぁもう!騒いでると敵に見付かるぞ!」

「逃げないでください!」

二人の声が森に響く。そして少しずつ――遠くなる。

近付く――距離。

 

◇

 

そしてスタジオはやっと幾分か落ち着きを取り戻していた。

巨大モニター。

二人が移動していく。

実況席からはまともなコメントが発せられる。

『しかし、24番もだいぶ落ち着いてきましたね』

『初日は完全に怯えていましたが』

司会者も、やっと司会者らしい立場へ戻って進行する。

『一人落としたからネ~!!』

モニター。

24番が歩いている。

そして周斗はその前を歩く。

一定の距離。

それでも、離れすぎない。

実況席は周斗の評価へ移った。

『ボーイスカウトも、最初は明らかに一人で動くつもりでした』

『ええ。むしろ24番を追い払おうとしていましたね』

そこで司会者はニヤリと笑い、また掘り返す。

『なのに今は肩車!!』

実況席からは半ば、説教気味に声が飛ぶ。

『いいかげんそこから離れてください!!』

そんなやり取りでも、会場は重くはならない、むしろ笑いに包まれる。

『でも、仲良くなってるよネェ~!!』

モニター。

周斗が何か言う。

24番が怒る。

そうして二人は歩いていく。

『まあ、FIELDでは一時的な同盟は珍しくありません』

実況席は実況らしく、また過去の例から正しく解説する。

それでも司会者はしつこい。

『でもぉ~?』

実況席は怖い顔で釘を刺す。

『煽らないでください』

『何も言ってないヨ!?』

モニター。

森。その向こう――

コンクリートで出来た廃墟が、少しずつ近づいてくる。

二人が今夜、そこで何を見ることになるのか。

まだ誰も知らない。


――――――――――


▶ 前の話

[06 ボーイスカウトの正体――スナイパー玲二]


▶ 次の話

[09 廃墟/オールド初遭遇]


▶ 『Fバン!!』本編全24話・目次

[『Fバン!!』ハブ投稿]


※制作環境・生成AI利用については目次ページに記載しています。


ラベル『Fバン!!』はこちら↓

Fバン!!

コメント

人気の投稿