06 ボーイスカウトの正体――スナイパー玲二

 

『Fバン!!』

著:木耳 骨

全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。

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06 ボーイスカウトの正体――スナイパー玲二

 

『決まったァアアアアア!!』

スタジオ中に、司会者の絶叫が響き渡った。

巨大モニターには、たった今終わったばかりの補給戦がリプレイされている。

三人組へ真正面から歩み寄る周斗。

最初の一人を盾に変え、二人の射線を潰し、その混乱の中へ潜り込む。

一人。

二人。

三人。

最後に残った映像は、倒れたプレイヤーの頭部へ指を向ける周斗と、その直後に表示された《RETIRED》の文字だった。

『三対一!誰がどう見ても圧倒的不利!!それなのにこの男、真正面から突っ込んで余裕綽々の三連続ヘッドショットォ!!』

司会者はモニターへ駆け寄り、映像の中の周斗を指差した。

『ボーイスカウト!!――貴様は一体何者だァアアア!!』

客席から、感嘆と混乱とヤジが混ざり合った、地響きのような声が一斉に弾ける。

「あれ予選23位だろ!?」

「補助器具の奴だよな?」

「射撃だけ見たらマジで弱かったぞ!」

「なんなんだよあの動き!」

モニターでは、周斗が最初の男を拘束する場面がスロー再生されている。

真正面から入っている。

――にもかかわらず、最初から最後まで、周斗自身へまともな射線が通った時間は驚くほど短い。

実況席の一人が感心したように口を開いた。

『射撃能力そのものではなく、徹底的に相手の射撃能力を使わせない戦い方ですね。最初の一人を盾にした時点で、三対一という人数差そのものを崩しています』

さらに周斗への評価がつながる。

『残り二人に撃たせることで、拘束した一人のポイントまで削っている。FIELDのルールをかなり理解していますね』

その解説に司会者が振り返って聞き返す。

『でもでもコイツ、FIELD初参加だヨ!?』

『はい。だからこそ面白いですね』

観客席が再びざわめく。

“ボーイスカウト”。

昨日までは、二十歳にもなってパルス集約補助器具をつけた素人への蔑称だった。

それが今。

ほんの少しずつ、違う意味を帯び始めていた。

 

◇

 

その頃。

周斗の所属先でも、同じ映像が流れていた。

正面の壁。

墨を叩きつけたような、妙に威圧感のある筆文字で書かれた、いかつい額縁入りの看板が掲げられていた。

『クジラアクションクラブ』

その下には、なぜか上半身裸の屈強な男たちがずらりと並んでいる。

鍛え上げられた肩。

胸。

腕。

ひと目見れば、全員が身体を仕事道具にしている人間だとわかる。

問題はその並び方だった。

全員、腕を組んでテレビを睨みつけている。

無駄に統率が取れている。

その見事な直立不動ぶりは、優れた体幹と体力を思わせるには十分だった。

どう見ても、映画のスタント事務所というより、ヤクザの集合写真に近い。

そして、その屈強な男たちの真正面。

ど真ん中。

ひときわ派手な人物が、脚を組んで椅子へ座っていた。

クジラアクションクラブ社長。

男性――のようにも見えなくはないが女性だ。

というのも、その外見は一言で説明するには難しい。

形容しがたいほど派手に立ち上げた髪と、シルバーのメッシュ。

色味の強い着物。

大ぶりのアクセサリー。

声も態度も太く、大きい。

背後の男たちが無言で立っているせいで、なおさら彼女だけが異様に目立っていた。

テレビでは、周斗が三人目を落とす場面が流れている。

《RETIRED》

社長は口元を吊り上げた。

「あったり前でしょう?」

背後の男たちが一斉に頷く。

「あの子はうちの秘蔵っ子なんだから」

その一言に、後ろから低い声。

「オス!」

「当然っス!」

「周斗ならやります!」

社長は片手を上げる。するとぴたりと全員、静かになる。

「いい?あの子はいずれ世界一の映画スタントマンになるんだから。FIELDで勝つのも結構。でも一番大事なのは――」

テレビの中の周斗を指差す。

「ちゃーんと名前を売ることよ?」

背後の屈強なスタントマンたちは再び、「オス!!」と力強く返事をする。

事務所の外から見れば、何の集会なのか、まるでわからない異様な集団だった。

 

◇

 

同じく、愛理の所属する地下アイドルグループの面々も、地下ステージ脇で映像を観ていた。

マネージャーとおぼしきスーツの気弱そうな男が涙ぐむ。

「あーりん、生き残ったよぉー!良かった、良かった……」

対して、グループメンバーは冷ややかだ。

「男に寄生しただけじゃん」

「食べて寝てただけだよね?」

愛理ほど目を引く容姿ではない彼女たちの言葉は辛辣だ。だが事実でもある。

「いいんだよぅ!生きてさえいてくれれば!」

そう叫ぶマネージャーに、「いや死なんでしょ、ゲームじゃ」と、冷静に切り捨てるように返す。

「どうせ、このボーイスカウトに色目使って、いいように利用してんでしょ」

「卑怯だよね」

FIELDのルール上、同盟はなんら規定違反ではない。それは彼女らも理解しているが、彼女たちの声には妬みのような色が窺えた。

 

◇

 

FIELD。

周斗は三人がリタイアしたことを確認すると、ようやくコンテナへ向き直った。

「さて。さっさと回収して離れるぞ」

「はい!」

愛理が嬉々としてコンテナへ駆け寄る。

その間に周斗は一度だけ周囲を見る。

森。

木々。

茂み。

音。

三人組が伏せていた場所。そのさらに奥。

今のところ、動くものは見えない。

だが――

補給地点へ飛び出した二人。そしてそれを狙って潜伏していた三人。

ならば、その三人を狙っている奴がいても何もおかしくはない。

「よいしょっと――」

愛理がコンテナの蓋へ手をかけた。

その瞬間――

周斗の視界の端――ほんのわずか――何かが光った。

それは光の反射なのか、葉の動きなのか、考えるより先に身体が動いた。

「伏せろ!!」

愛理の頭を上から掴み、そのまま強引に押し下げる。

「モゴッ!?」

ほぼ同時。

Bang――

軽い射撃音。

愛理の頭があった位置のすぐ横――地面が小さく弾けた。

わずかな土煙。

枯葉。

微細な砂。

「なっ――」

「黙ってろ!」

周斗は愛理の襟元を掴み、引きずるようにコンテナの裏へ回り込む。

二人が身を隠した直後。

もう一発。

Bang――

コンテナの角に当たり、金属のコンテナが形容しがたい鈍い音を鳴らす。

外れだ。

だがその着弾点は確実に二人を追っている。

愛理の顔から、さっきまでの呑気さが消える。

「ど、どこです!?」

「わからん」

周斗も姿勢を低くしたまま、僅かに視線だけを動かす。

真正面――右――左――

見えない。

木の陰――茂み――斜面――

射撃地点を推測できるだけの情報がない。

「多分レンジャーだな」

「レンジャー??」

「遠くから的を撃つRANGE競技の奴。相当遠いな」

愛理がコンテナの陰からそっと顔を出そうとする――と、周斗が即座に頭を押さえる。

「出すな」

「はいぃ……」

もう一発。

Bang――

今度は二人の頭の真上、コンテナの縁だ。間違いなく、相手からはこのコンテナが見えている。

しかし――

こちらからは見えない。完全に一方的な射線だ。

周斗は舌打ちした。

「今朝の漁夫を利を狙ってる奴らが他にもいやがったか」

「……つまり?」

「最初の二人が餌。三人組がそれを食った。で、今度はその三人組を食う奴をさらに別の奴が待ってた」

愛理が引きつった顔をする。

「食物連鎖みたいですね……」

「これがFIELDなんだな、実感するわ」

「どうするんです?」

さて、本当にどうするべきか。周斗は横目でコンテナを見る。

食料。

水。

寝袋。

今の二人には、どれも必要だった。特に周斗は、昨日のザックを失っている。

ここで何も取らずに離れれば、また一日、水と食料を探し回ることになる。

しかしかといって、普通に飛び出せば頭を抜かれる。

「……仕方ねぇな」

「何かあるんですか?」

周斗は自分の右手を見る。

昨日からまだ使っていない手札がある。できればこんな序盤で見せたくはなかった。

観客だけではない。他のプレイヤーも、やがて自分の戦い方を知る。手札は、知られていないほど強い。

「まだ見せたくなかったんだけどな」

「え?」

「飯と水には変えられねぇか」

それに――なにより寝袋がほしかった。

周斗はコンテナの陰で腰を落としたまま、ゆっくりと右手を開いた。

指ではない。掌。

周斗がその掌を地面へ向けた、瞬間――

バン!!

これまでより明らかに大きい音が、爆発したように響く。

直後――地面が弾けた。

「きゃっ!?」

土。

砂。

乾いた落ち葉。

細かな枝。

足元に溜まっていたものが、一気に宙へ舞い上がる。

本物の爆発ではない。地面が抉れたわけでもない。

ただ、広い範囲へ、何かに押し出されたように土埃が跳ねた。

視界が消える――

即座に周斗は煙る土埃の中、コンテナへ腕を突っ込んだ。

見えない。

選んでいる暇もない。

手に触れたもの。それを大きな手一杯に掴んでコンテナから引っこ抜く。

「24番!いくぞ!」

「えっ、えっ!?」

Bang――

混乱する愛理のその横に、どこからか一発撃ち込まれる。

外れだ――だがもう一発、追撃がくる。

Bang――

今度も外れだ。

視界を奪われ、狙撃手も射線を通せていない。

「いいから走れ!」

二人は土煙の中から飛び出し、そのまま森の奥へ入った。

 

◇

 

どれくらい走ったか。

少なくとも、さっきの補給地点はもう見えない。

周斗は大きな木の陰で止まり、しばらく周囲の音を確認した。

追跡――なし。

狙撃――なし。

ようやく息を整え、腕の中に抱えていた物資を地面へ置く。

愛理も隣で一緒に覗き込んだ。

結果――

行動食、三つ。

以上。

「…………」

少ない。それなりに苦労した結果がたった三つだ、周斗は黙り込む。

けれども愛理の声は無邪気に明るい。

「朝食ゲットです」

「おまえもう食うつもりか!?」

すでに一つ開けていた。

「お腹空いてたので」

「配分を考えろよ……」

「食べないと動けませんよ?」

正論ではある。節約しすぎて本来の力を出せなければ本末転倒だ。

周斗は少し考え、残った二つのうち、一つを愛理へ押しやる。

「じゃあ、これもおまえが持ってろ」

「いいんですか?」

「昨日の礼だ」

「やりました!」

「だから今食うなよ?」

愛理が二つ目の開封をしようとしていた手を止める。

「……はいぃ」

周斗は物資を改めて確認する。

行動食だけ。

水――なし。

寝袋――なし!

「まずいな」

「何がです?」

「水だ」

愛理もようやく状況を理解したらしい。行動食は保存の利くビスケットタイプ。口の中はパサパサに渇いていた。

そうでなくとも、たとえ潜伏するにしても水は一人最低でも1000ml以上は欲しいところだ。

「あの川のじゃダメですか?」

「あー俺も昨日考えたんだが……」

昨日の小川。

流れはあった。見た目も、それほど汚れてはいない。綺麗には見えた。

だが、安全かどうかは別の話だ。

「俺は本物のサバイバルのプロじゃない。見た目だけで飲める水か判断できねぇし、煮沸しようにも道具がない」

「火を起こすとか?」

「……仮に起こせたとして、鍋がねぇ」

「じゃあ……」

愛理が行動食を咀嚼しながら天を仰ぎ見る。どうやら考えるときの癖らしい。

「カツアゲですね!」

「カツアゲじゃあねぇけど、それしかないな」

「やっぱりカツアゲじゃないですか」

「うるさい」

周斗は、さっき狙撃された方向を振り返る。

何も見えない。

それが余計に気になる。

「あいつ……」

「ムグッ?」

「さっきのレンジャー」

愛理が口の中のものを飲み込む。

「相当な距離だったろうな。まったく姿が見えなかった」

「隠れるの上手い人なんですかね」

「それもある。でもあの距離から頭を狙ってきた。間違いなくRANGE上位者だろうな」

周斗は少し感心したように息を吐く。

「レンジャーって目がすげぇんだな、やっぱ」

すると愛理が横から周斗を覗き込む。

「それより」

「ん?」

「さっきのBangは?」

周斗は目を逸らし、黙る。

「地面がブワぁってなったやつ」

「……教えるわけねぇだろ」

「えぇ~」

「敵だぞ、おまえ」

冷たいその言葉に愛理はもう過剰反応はしない。むしろ肩をすくめるように返す。

「まだそれ言います?」

「今日いっぱいの同盟だろ」

「ケチ」

「情報はもっとケチるもんだ」

さっきまで狙撃されていたとは思えない。

いつの間にか二人の会話はお決まりになりつつある、緊張感のない調子へ戻っていた。

 

◇

 

その頃。

FIELD全域へ、運営の定時放送が流れ始めた。

木々の中へ設置されたスピーカー。

プレイヤー端末。

複数の経路から、あの声が響く。

『おっはようございマァアアアす!!FIELD二日目!!生き残ってるジャッポン人のみなさぁん!!』

周斗が顔をしかめる。

「朝からうるせぇな……」

「うーん、これはなかなかに血圧高そうですねぇ」

何故か感心するように偏見を述べる愛理。たとえ司会者の血圧が本当に高かったとしても、感心するような要素ではない。

 

スタジオ。

司会者は朝とは思えないテンションで中央ステージを走り回っている。

『まずは昨日、一日目終了時点のリタイア人数からいきまショウ!!』

巨大モニターに人数が表示される。

《DAY 1》

《RETIRED 3》

『たったの三人!!みんな慎重!!ベテラン勢は様子見!初日から無理して突っ込むバカは少なかったァ!!』

実況席はまた呆れ声を漏らす。

『言い方ぁ……』

視聴者たちも同じようにテレビやスマートフォンでスタジオを観ていた。

ある家庭では――

「あら、もう観てんの?こんな朝早くから」

「あぁ、リザルト。まぁ初日だから素人がちょっと落とされただけで面白いもんはなかったかな」

「あんた、いつ寝てんの?」

「プレイヤーが寝てから」

静かだった初日の夜は、視聴者たちの体にも優しい。

そしてスタジオでは、司会者の言い方に実況が指摘するも、司会者はお構いなしだ。

『だがしかし!!夜が明けてから状況が一変!!補給地点へ飛び込んだ二名がリタイア!!』

モニターにリタイア数が加算される。

《+2》

さらに。

『そしてその二人を狩った三人組が――』

画面一杯に拡大される周斗の姿と、リタイア数が加算される。

《+3》

『ボーイスカウト一人にまとめて撃沈!!』

客席が再び大きくどよめく。未だ、誰もが混乱していた。

《TOTAL RETIRED 8》

《REMAIN 16》

『現在、残り十六人!!』

司会者が両手を広げる。

『一日目は静かだった!だが二日目は朝から五人消えた!!さぁここからだァ!!今日こそ本当のFIELDが始まるぞォ!!』

 

FIELD。

周斗は放送を聞きながら、軽く首を回す。

「残り16」

愛理が指を折る。

「あと十人減ればFINALですか」

「そう簡単じゃないだろ」

「ですよねぇ」

「昨日はみんな様子見だった。今日から動く奴が増える」

ふと、周斗は森を見ながら考える。

水――食料――ポイント――補給。

そして残り人数。

昨日とは違う。プレイヤー同士が互いを探す理由も増えている。

「……獲物を探す」

そう小さく言う周斗へ、愛理が振り返る。

「どうやってです?」

意外にも戦闘に前向きだ。周斗はゆっくり歩き出す。

「そりゃあ、泥臭く、な?」

 

◇

 

二人で広い森を探す方法など限られている。

周斗たちは一度合流地点を決め、そこからそれぞれ別方向へ扇状に進むことにした。

一定の歩数。

一定の距離。

そこまで進んだら、引き返し、合流する。

そしてまた角度を変え、繰り返す。

“扇状捜索”――遭難防止や救助活動において、チームメンバーそれぞれが歩数を決めて一定の距離を扇状に歩き、再び合流する探索方法。

基点から、各メンバーが放射状や扇状など異なる角度に散らばって一定の歩数を進み、エリアを効率よくカバーした後に再び合流・報告する小規模捜索の戦術の一つとして有名だ。

しかし、たった二人でやるには効率がいいとは言えない。

それでも、無闇に歩き回るよりは、遥かにマシだった。

「絶対、勝手に遠くまで行くなよ」

「わかってます」

「何か見つけても追うな」

「はい」

「撃たれたら逃げろ」

「はい」

「危ないと思ったら戻れ」

「はい」

返事だけはいいが、どこか間の抜けたところのある愛理だ。撃たれても、遭難されても、怪我をされても困る。周斗は何度も確認する。

「……ほんとにわかってる?」

「信用なさすぎません?」

「昨日会ったばっかだし」

「指切りしたのに」

「朝までのな。それに山や森歩きの能力とは関係ねぇ」

「アイドルだからそれなりに体力はあります。それと、約束は今は今日まで延長されてますもん」

「契約更新みたいに言うな」

そんなやり取りをしながら範囲を拡げていく。

二人は、何度も、離れ、戻り、また離れた。

そして数回目――

周斗が先に気づいた。

人影。

遠い。

木々の間に、一人。こちらへ背中を向けるように、ゆっくり移動している。

周斗は合流した愛理の肩を軽く叩く。

「あれ」

「……いますね」

「おまえ距離、わかるか?」

愛理が目を細め、凝らす。

「んー……二十メートルちょっと……くらい?」

「おまえの射程は?」

「ちゃんと狙うなら二十メートルくらいです」

周斗が少し驚く。

「やるじゃん」

「えへへ」

素直に褒めれば素直に照れる。こういうところは可愛いのかもしれないが、こんな調子でアイドルをやれるのかというとやはり周斗には疑問が残る。が、今はそんなことはどうでもいい。

「やってみろ」

「やってみます!」

愛理が木の陰から指を構え――狙う。

遠方のプレイヤー。

敵はまだこちらへ気づいていない。

周斗も、その姿を見る。だが――

妙だ。

あまりに無防備すぎる。

一人――開けた場所――こちらへ背中を向けている。

まるで『撃ってください』と言っているかのよう。

マズイ!そう直感して「待て――」と、声を出したときにはもう遅かった。

Bang――

軽い音。

周斗は反射的に左腕を顔の前へ上げた。

直後――

競技ウェアが反応する。

腕。

一ポイント。

《4》

「えっ!?」

愛理がびくりとなって振り返る。

「こっちが誘われてたか」

周斗は射線方向へ睨みを効かせながら、腕を下ろす。

痛みはほとんどない。だが、もし防いでいなければ――

頭――ヘッドショット一発。

もう、終わっていた。

「今の、どこから――」

「おまえはあっちの囮をやれ!」

「え!?」

「そのまま隠れて撃て!こっちは俺がやる!」

「で、でも!」

愛理が一瞬迷う。しかしすぐに「はい!」と返事をして遠方のプレイヤーへ向かって再び狙いを定める。

その声には、信頼のような色が窺えた。

周斗軽く頷くと、反対方向へ踵を返す。

そして狙撃が飛んできた方角へ一気に駆けた。

 

◇

 

木々の奥。

一人の男がすでに移動を始めていた。

遠藤玲二。

FIELDでの二つ名は“スナイパー玲二”。十八歳。

1st STAGEの四種目のうち、『RANGE』。

あの距離。木々の隙間を通して、標的を倒した男。

RANGEだけなら国内でも最上位勢だ。

特徴的なのは、多くのFバン競技者が指をハンドガンに見立てて構える指鉄砲なのに対し、玲二は体を開き、腕を真っ直ぐに伸ばして、まるで和弓のような構えで的を狙う。

銃のように照準があるわけでない、目元から指先が離れるぶん、照準を定めるのも難しいはずだが、玲二はその真っ直ぐに開いた体から腕までを物差しに、弓道のように片方の目だけで対象との距離を測るるという独自の射撃センスを持っていた。

そうした距離を測る能力。

ピタリと静止。

パルスを一点へ集中させる精度。

そして何より、"撃った場所へ居座らない"。

一発、撃つ――即座に移動する――別の射点を作る――また撃つ。

狙撃手としては基本。そしてその基本を徹底している。それが強みだ。

 

「……防がれた」

玲二はニット帽を深く被り直してから、小さく呟く。

さっき確かに頭を捉えた。

しかし直前――

ボーイスカウトが腕を上げた。

偶然ではない。こちらの存在へ寸前で気づいた。

「ボーイスカウト、か……」

走る――そして止まる。

木の幹の陰――隠れ――すぐさま構える。

周斗が見えた――近づいてくる。

距離はまだ十分。

Bang!

周斗の横へ、外れる。

玲二はすぐに移動する。

次。

別の木――構える。

周斗は――真っ直ぐ来ない。

右に――左に――急に速度を変える。

木を挟む――一度消える――別方向から出る。

「……っ」

 

『RANGE』――遠く。静止する相手。そこへ当てる競技。

その能力なら圧倒的に玲二は強い。

しかし、FIELDにおけるレンジャーには、弱点があった。

それは、“弾速”だ。

本物の銃と違い、Fバンの射撃のパルスの弾速は、おおむねサバイバルゲームで用いられるガスガンよりやや速い程度しかない。

長距離から射撃する場合、どうしても着弾までに少しばかりの間が生じる。

だからこそ、レンジャーは身を隠し、誰にも見付からず、確実に初撃で決める力量が要求される。

スナイパー玲二のそれは、確かに国内トップクラスのものだった。

しかし――

速い――周斗の動きがやたらに速いのだ。

視界も足場も悪い森の中、まるで舗装路を走るように、抵抗らしいものを感じさせない疾走。

さらに、太い木の幹へ身を隠し、背丈の低い木々へ飛び込んで前周り受け身で立て直し――すぐにまた飛び出す。

あるいは、急に反対方向へ進路を切り替えたり、変則的すぎて先読みもしにくかった。

それに、レンジャーにはもう一つの弱点がある。動く対象への射撃、つまり『TRACK』が苦手な傾向が強い。

着弾までの時間、動く対象、二つの条件が強く重なり、玲二はいつもの調子を崩されている。

動き続ける周斗を連続して追うこと、それは玲二が得意とする領域ではなかった。

Bang!――外れる。

周斗がさらに近づく。

「ちっ」

周斗はまだ玲二の居場所を特定できていない。だが、見えるはずのないパルスにも関わらず、音の方向とタイミングから直感的に玲二の居場所を予測し、回避しつつ、近付いていく。

玲二は距離を取る――射線を作る――

それを周斗も追う。ただし最短距離ではない。

次に玲二が陰に使いそうな木――斜面――視界。

そこを予測して絶妙に角度を変えて進む。

玲二は焦りはじめた。

おかしい――これまで戦ってきた相手で、こんな動きをする人間はいなかった――

 

周斗の速さの正体――それは、単にスタントマンとしての身体操作の訓練だけではなかった。

クジラアクションクラブ恒例、月イチの地獄の山合宿。

そこで、一日中、山を走らされる――“トレイルランニング”。

舗装されていない山道、林道、砂利道、登山道などの自然地形、いわゆるトレイルを、ハイキングのように歩くのではなく、ランニングのように速いペースで走り抜けるスポーツだ。
クジラアクションクラブでは体力や体幹、バランス感覚を養うために、定期的にこのトレーニングが実施されている。
登山と違い、長い急斜面もない、起伏の少ないこの森など、周斗にとっては問題にもならなかった。
 

玲二はそれをさらに先読みし、絶好のポイントで止まり、構える。

周斗が視界に入った――

同時に、周斗の目も玲二を捉えていた。

「そこだ!」

距離――まだある。

だが今度こそ――

"当たる!!"。

玲二がそう確信した、その瞬間――

バン!!

周斗のいたあたり、射撃音がした。

長距離から相手を狙うことに長けた玲二は、その習慣からすぐさま視線の先の動くものに目がいく。

周斗のいた場所、その近辺の背の低い木々が大きく揺れていた。

「……?」

そして、捉えていたはずの周斗の姿が、見付からない。

射線を切られた――!

わずか一瞬――近距離型プレイヤーならおそらく見失うことはない。

だが、長距離プレイヤーで、しかも片目で対象を捉える玲二には、周斗の姿は消えて見えた。

それでも玲二は冷静に周囲を広く見渡す。

――すると再び視界に捉えた周斗は、先ほどまでよりかなり近付いていた。

既に、RANGEの距離ではなく通常のFバンの距離だ。

あり得ない――いくらなんでも速すぎる。

そう思いながらも玲二の指は周斗を追う。

しかし、もはや近い――RANGEのスタイルでは狙いを定めるには反応が遅くなる。

もう、周斗はすぐ目の前――真正面まで来ていた。

「決める!」

意地だ――玲二の執念の集中力が、完全に周斗を捉えた。

そして今度こそはと、自信を持って撃ち込む。

Bang!..!

奇妙なことに――二つ、射撃音が重なったように聞こえた。

そして周斗はまるで時を飛ばしたかのように玲二の前から忽然と姿を消し――その体は木の幹をかすめるように高く跳び、空中で捻る。

そして――

玲二の背後。

――着地。

その音に玲二は即座に振り返る、が、顔が強張る。

「ありえねぇって……」

玲二の額には、ピッタリと周斗の指先が突きつけられていた。

周斗はフッと笑うと、体重を後ろにかけて身を後ろへ傾けながら、蛇に睨まれた蛙のように硬直した玲二の額から指先を離し――

 

「Bang」。

 

「いってぇ!」

玲二の頭部へ一撃。

ヘッドショット――競技ウェアは一瞬のうちに――

《RETIRED》

そして辺りは静寂に包まれた。

玲二は左手で痛む額を覆うが、その右腕は指を構えた姿勢のまま、ただ垂れ下がっていた。

痛がる程度で済んだのは、周斗が額から指先を離したからだ。それだけ周斗には余裕があった。

得意の狙撃で捉えていた。当たるはずだった。なのに、予想を外され、縦横無尽に動く周斗を追いきれず、当たると思った最後の一撃でさえ、おそらくは周斗の手のひらの上だった。

「はあっ……」

どうやって視界から消えたのかはわからない。けれども、相手が上手だったこと、それをほんの数秒で玲二は整理し、ため息をついた。

固まっていた指がほどけ、脱力していく。

 

周斗も呼吸を整える。

狙撃手を前に突っ込んでいくとは、さすがに肝を冷やした。

呼吸が、少しだけ上がっている。

玲二との距離。

さっきまでの射線。

自分が跳んだ場所。

足元。

それらを一度だけ確認する。

「正直、ギリギリだった……」

小さく玲二に声をかける。

「そうか?そうは見えなかったけど……完全に気圧されたよ」

玲二はどこか吹っ切れた顔で答えるが、周斗は複雑だった。

 

まず最初の一発。

腕で防げなければ終わっていた。あれはほぼまぐれだ。

遠距離からの狙撃。

正面から撃ち合えば間違いなく玲二の方が強い。

だから近づいた。撃たせないよう揺さぶりながら。

近づいて、撃たせない距離まで持っていった。

いつものそれだけ。

――のはずだった。

だが、初めて対峙した上位勢の強さ、そのプレッシャーは、頭で想像していたものより遥かに強大だった。

周斗は何度も頭の中でそれを反芻する。次へ活かすために。

 

その時――

遠く。

森の向こうから、聞き慣れた声が響いた。

「Bang!」

周斗は顔を上げた。

「24番――」

さっき、囮のプレイヤーを追わせた方向。

玲二も同じ方向を見る。

射撃音も声も――たった一度。

それっきり、何も聞こえない。

周斗は少しだけ目を細めた。

「……決めたか?」

返事はない。

森だけが。

また静かになった。


――――――――――


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