01 プロローグ――Fバンという世界

 

『Fバン!!』

著:木耳 骨

全24話で完結するオリジナルスポーツアクション小説です。

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[『Fバン!!』ハブ投稿]


01 プロローグ――Fバンという世界

 

「なに観てんの?」

「明日からのFバン予選。煽りV」

「予選から観てんの? ガチだなぁ」

「ったりめぇじゃん。俺にもあったかもしれねぇもん」


昼休みの教室。

机を寄せてパンをかじる男子高校生二人のあいだに、スマートフォンが横向きで立てかけられていた。周囲では弁当箱を広げる者、ゲームに興じる者、机へ突っ伏して眠る者。ごく普通の昼休みだ。

そんな教室の中で、スマートフォンからだけは場違いなほど暑苦しい声が響いている。

画面の中には巨大なスタジオ。中央には円形のステージ。その背後一面いに設置された巨大モニターでは、炎を模した派手な映像とともに《F-BANG》の文字が回転している。

ステージ脇には実況席、解説席。さらに競技のルールやDDEEについて説明する専門家たちの席が並び、それらを取り囲むように観客席が広がっていた。

反対側には、腰より少し高い立ち姿勢用の司会者席があるが――そこには誰もいない。

ステージ中央、ひときわ異彩を放つ男が立っている。

年齢は六十代から七十代ほど。昔ながらの大物司会者を思わせる妙に貫禄のある顔。しかし、その髪には紫色のメッシュが入り、身体を包むスーツは照明を受けるたびギラギラと光を撒き散らしている。

紫。金。銀。光沢。

悪趣味と言ってしまえばそれまでだが、この番組を何度か見た者なら誰もが知っている。

これが、この司会者の男の正装だった。

 

司会者は両腕を大きく広げた。

『すべては十五年前――ネットにアップされた、たった一本のショート動画から始まったァ!!』

「また始まった」

「この番組、毎回ここからやるよな」

巨大モニターの映像が切り替わる。

映し出されたのは、今となっては誰もが一度は見たことのある古い縦動画だった。少し荒れた画質。どこにでもありそうなアメリカの住宅街。その庭先に、十代前半ほどの少年と、母親らしき女性が立っている。

女性の頭には、赤いリンゴが一つ。

『なんてことない、ただのメリケンの男の子!ビリー・モーガン!後にその名を知らぬ者はいないほどの有名人となる少年ダ!』

少年は楽しそうに笑いながら右手を上げた。拳を握り、人差し指だけをまっすぐ伸ばす。

誰もが子どもの頃、一度くらいはやったことのある構え。

“指鉄砲”。

少年は母親の頭上に載ったリンゴへ狙いを定めた。

「Bang!」

次の瞬間、リンゴが見えない何かに弾かれたように落ちた。芝生の上をころころと転がっていく。

動画はそこで終わる。

『たったそれだけの動画ダ!当然みんなこう思った!糸だ!風だ!編集だ!くだらない手品だァ!!』

「まあ思うわな」

「俺でも思う」

『しかぁし!!』

司会者がステージ中央からカメラへ身を乗り出す。背後の巨大モニターが真っ赤に染まった。

『これはトリックではなかった!!』

画面いっぱいに、世界各地から投稿された映像が次々と流れ始めた。

少女が指を向けると、棚の紙コップが倒れる。少年の「Bang!」に合わせ、数メートル先の空き缶が転がる。公園で遊ぶ子どもたち。その一人が指を構えた瞬間、吊るされたボールが大きく揺れた。

中には何度やっても何も起こらず、笑い転げるだけの動画もある。

だが、ごく一部。

確かに何かが起きていた。

『SNSでビリーの真似をして遊んだ若者たちの中から、本当に同じことができる子どもたちが現れたのダ!しかも――世界中でネ!!』

 

十五年前。

それは一時、本気で「人類の進化」だと騒がれた。各国の研究機関が動き、大学が研究チームを作り、軍や警察まで興味を示した。

そして現象には、正式な名前が与えられる。

巨大モニターが暗転し、白い文字が浮かぶ。

《Distal Directed Energy Emission》

その下に、

《DDEE》

『Distal Directed Energy Emission!末端指向性エネルギー放出現象――通称、DDEE!!』

さらに別の文字が浮かぶ。

《Pulse》

『そして人体から発生する未知のエネルギー!その名も――Pulse!パルス!!』


ステージ脇。専門家席の前にもライトが灯る。

白衣姿の研究者たちが、何とも言えない顔で司会者を見ていた。そのうち一人がマイクを持ちかけたが、司会者はまだ止まらない。

『人類の覚醒か!?新たなる進化か!?世界中が大騒ぎしたのも今は昔! 長年の研究によって、現在ではいろいろなことが判明しておりマス!!』

巨大モニターに3D人体模型が表示される。

腕から掌、そして指先へ、光の粒子が流れていく。

『まず!パルスは人体内部で発生し、身体の末端へ集中させることで外部へ放出できる!もっとも一般的なのは――』

人体模型の掌が光り、その光が人差し指へ集まっていく。

『掌から指先へ集中!そして――バン!!』

光が飛ぶ。

『集中時には、掌や指先周辺でわずかな温度上昇も確認される!』

次の映像では、一列に並んだ若者たちがそれぞれ標的へ指を向けていた。

届く距離。標的を動かす強さ。次弾を撃つまでの時間。

どれもまるで違う。

『射程!威力!連射性能!ぜーんぶ人によってバラバラ!訓練で伸びる部分もあるが、持って生まれた適性の差も大きい!!』


司会者はそこで、いかにも重大そうに声を落とした。

『そして人類は、当然こう考えた……』

巨大モニターに特殊部隊の映像。

『これ、武器になるんじゃネ?』

次の瞬間。

モニターに真っ赤な大文字が表示される。

《なりませんでした》

『ぜーんぜん足りませんでしたァ!!』

観客席から笑いが起こる。高校生の片方も吹き出した。

「雑だなぁ」

『どれだけ鍛えた一流のバンナーでも、殺傷兵器と呼べるほどの出力には届かない!至近距離でまともに受けても、せいぜい失神する程度!』

画面には、警察官らしき人物が標的へ指を向ける過去の実験映像。

『一時期はテーザー銃より安全な制圧手段になるのでは!?なんて期待もされたが――』

《出力不足》

『まっっったくの期待ハズレだったんだネ~!』

「言い方よ」

「勝手に期待しただけだろ」

『勝手に期待され!勝手に落胆された!かわいそうな若者たち!!』

司会者が大げさに涙を拭う。紫色のメッシュまで悲しげに揺れる。

専門家席の一人が、呆れたように眼鏡を押し上げた。

だが、司会者はすぐに顔を上げる。

そして満面の笑み。

『しかぁし!!』

そこで照明が一斉に落ちた。

音楽が変わる。低いビートがスタジオに響く。

観客席の空気まで変わる。まるでプレゼントを待つ子どものように、浮き立った期待が広がっていく。

巨大モニターに映し出されたのは、巨大な競技場。何万人もの観客。その中央で、何人もの若者たちが一斉に指を構えている。

『そんな微妙~な能力を!最高に熱いスポーツへ変えた者たちがいた!!』

司会者がカメラへ人差し指を突きつける。

『Finger Bang――略して、F-Bang!!』

歓声が爆発した。

 

◇

 

ある会社の休憩室。

壁掛けテレビから同じ番組が流れている。その下で、二人の女性社員が弁当を広げていた。

「わたしも昔できたんだよね」

「え!?すご!何メートルくらい?」

「二」

「……二?」

「二メートル」

「弱っ!」

「うるさいわね!撃つわよ!?」

女性が箸を置き、同僚へ人差し指を向ける。

「もう出ねぇだろ」

「……チッ」

そう言って笑い合った。

かつて世界を騒がせた怪現象も、十五年経てばこんなものだった。

 

◇

 

再び高校。

『そして!研究機関などでは能力者をFinger Gunner――フィンガー・ガンナーと呼んでおりますが!』

司会者が露骨に嫌そうな顔をする。

『若者はそんなカタァい名前では呼ばなァい!!』

巨大モニターに派手な文字が躍る。

《BANGNER》

『バンナー!!』


「そういやさ」

「ん?」

「なんでBangnerなんだ?普通に考えたらBangerじゃね?」

「ネットスラングだろ。知らんけど」

「Bangをする奴だからBangner?」

「最初の頃のガキが適当に作って、それが定着したんじゃね。知らんけど」

「頭悪いな」

「ネットスラングなんてそんなもんだろ」

十五年も経てば、怪現象にも文化ができる。学者が決めた正しい名称より、ネットで生まれた妙な呼び名の方が広く使われることだってある。

そして十五年前なら世界中の研究者を騒がせた力も、今では高校生が昼飯を食いながら雑に語る程度には日常へ溶け込んでいた。


もっとも、誰にでも使えるわけではない。

『現在確認されているバンナーの発現率は、若年人口のおよそ〇・〇三から〇・〇五パーセント!』

巨大モニターに数字が表示される。

『ざっくり、二千人から三千人に一人!!』

世界全体で見れば、それでも決して無視できない人数になる。

だが、一つの学校だけを見れば話は違う。

 

『日本ではおよそ〇・〇三七パーセント!学校に一人いたら、ちょっとした有名人ってくらいダネ!』

能力を持たない大多数にとって、Fバンは「自分にはなかった才能」を眺めるスポーツだった。

子どもの頃、もしかしたら自分にも。

そう思って指鉄砲を構えた者は多い。

けれど、ほとんどの指先からは何も出なかった。

そして能力が発現した者も、永遠に撃てるわけではない。


巨大モニターに年齢別のグラフが表示される。

『バンナーにとって最大の特徴!そして最大の残酷さ!!』

司会者が声を張る。

『この力は若者にしか発現しない!!』

十代前半から、グラフは上昇していく。

『能力のピークは十代後半から、おおむね十九歳前後!』

そして二十代。

線が下がり始める。

『二十歳を越えた頃から徐々に減衰し――』

二十二歳。

線が、ほぼゼロになる。

『二十二歳前後までには、ほとんどのバンナーがその力を失う!!』


「二十二って早すぎるよな」

「だから選手寿命短いんじゃん」

「俺らなんて発現すらしてねぇけどな」

「言うな」


画面の司会者が両腕を広げた。

『だからこそォ!!』

巨大モニターに映る、満員のスタジアム。

そして、若い選手たち。

『限られた時間の中で、世界一を決める戦いには価値がある!!』

「急にいいこと言ったな」

「たまにな」

『そして待ちに待った全日本大会が、いよいよ明日開幕ダァァァ!!FOOOOOOO!!』

観客席も呼応する。

「やっぱうるせぇ」

『今年、日本最強のジャッポン人になるのは誰ダァ!?』

「ジャッポン人ってなんだ」

「ジャパンとニッポンが混ざった?」

「いやまさか、ジャップって言いかけ――それはさすがにねぇか」

「この司会者ならなきにしもあらず……」

 

『それじゃ素人さんのために!世界大会でも採用される五大公式競技をおさらいするヨ~!!』

巨大モニターの映像が切り替わる。


一人の選手が、両腕を自然に下ろしたまま標的と向き合っている。

『DRAW!!』

開始の合図。

腰元に垂れていた手が跳ね上がり、次の瞬間には標的が倒れた。

『西部劇のガンマンよろしく!勝負は一瞬!早撃ち競技!!その使い手を――”ドロワー“!!』

次。


横一列に並んだ標的。

『BURST!!』

選手が指を構える。

次々と倒れる標的。

『撃て撃て撃てェ!速度と命中率を競う連続射撃!!使い手は――“バースター”!!』


次。

『TRACK!!』

左右へ高速で移動する標的。

視線が追う。指先も追う。

撃つ――そして命中。

『動く獲物を逃すな!移動標的競技!!“トラッカー”!!』


次。

『RANGE!!』

遥か遠方。肉眼では点にしか見えない標的。

一人の選手が静かに指を向ける。

呼吸――静止。

射撃――標的が倒れた。

『己の限界より遠くへ!長距離精密射撃!!そのスペシャリストを――“レンジャー”!!』

 

そして、巨大モニターが暗転した。

スタジオの照明まで落ちる。

音楽も止まり、数秒の静寂の後――。

森の映像が映し出された。

選手がその森の木陰を走る。

場所は廃工場。

誰かが壁の向こうへ身を隠す。

足音――視線――指先。

障害物の陰から一人が飛び出した。

撃つ――かわす――別の選手が背後へ回る。

仲間を助ける。

逃げる――追う――隠れる。

騙す。

――撃たれる。

『そしてぇ――!!』

一気に照明が戻る。

観客席の歓声地鳴りのように爆発した。

『FIELD!!』

巨大な文字。


《FIELD》


『Fバン競技最大の人気種目!!』

森を駆ける選手。建物へ突入する選手。至近距離で互いの腕を取り合い、射線を外し合う二人。遠方から狙う者。地面へ伏せ、敵が通り過ぎるのを待つ者。

『複数人による実戦形式サバイバル競技!!』

映像の中で一人の選手が撃たれる。胸元の表示が減る。

それでも走る。――反撃。

『撃つだけじゃ勝てない!隠れろ!走れ!考えろ!騙せ!生き残れ!!』

最後に残った一人が拳を突き上げる。

観客席がさらに大きく揺れる。

司会者も叫ぶ。

『これがFIELDダァァァ!!』

ここだけは、高校生二人も黙って画面を見ていた。

 

◇

 

煽りVが終わる。

教室の喧騒が戻ってきた。

高校生たちは黙って、スマートフォンをしまい、机の上を片付けはじめた。

そして一人がパンの袋を丸める。

「……FIELDはやっぱ面白そうだよな」

「だろ?」

「お前、発現してたらやってた?」

「そりゃもう」

少年は右手を持ち上げ、友人へ向ける。

拳を握り、人差し指を伸ばした。

「Bang」

何も起こらない。

当然だった。

「……虚しいな」

「うるせぇ」

 

◇

 

空に轟音が響く。ローターが空気を叩いている。

高校生たちがスマートフォンを眺めていた教室とはまるで違う、空の上。輸送ヘリの機内。

窓の外には、広大な森林がどこまでも続いていた。揺れる機体の中に、若者たちが並んで座っている。

その一人。

三元周斗、二十歳。

ヘルメットも銃もない。

あるのは競技用の装備と、自分の指だけ。


周斗が窓の外を眺めていると、隣から声が飛んできた。

「おまえ、初?」

周斗が顔を向けると、人懐っこそうな男が、こちらを見ていた。

「見たことねぇな。いきなり本選なんてやるじゃん」

「まぐれさ。あんたは?」

「俺?二回目」

「へぇ」

「真中鉄矢。十九」

「三元周斗。二十」

「年上かよ」

真中は少し笑った。

「まあ俺も、もうそこそこの歳だからな。今回はイイトコまでいきてぇもんだ」


十九歳。

一般社会なら、まだ若い。

けれどFバンの世界では、もう残された時間を意識し始める年齢だった。

真中は軽く拳を上げる。

「お互い頑張ろう」

周斗は口元だけ、軽く笑った。

「ああ」

二人の拳が軽く触れる。

ヘリが進むその先。窓の下に広がる深い森。

テレビの向こうで、何万人もの人間が見つめる戦場。

“FIELD 2nd STAGE”。

ヘリは、その中心へ向かって飛んでいた。



――――――――――


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