『ゾンビランド:ダブルタップ』の個人的な感想・考察
『ゾンビランド:ダブルタップ』の個人的な感想・考察
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①『ゾンビランド:ダブルタップ』(2019年・アメリカ・監督:ルーベン・フライシャー)
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② あらすじ(起承転結・ネタバレあり)
【起】
前作から10年。
コロンバス、タラハシー、ウィチタ、リトルロックの4人は、すっかり家族になっていた。
そして今回の拠点は、
ホワイトハウス。
前作ではビル・マーレイの家に転がり込んでいたけど、今度はホワイトハウス。
終末世界なんだから、
「どうせ誰も使ってないし、使えばいいじゃん」
というノリ。
ここでもう、
ちゃんと『ゾンビランド』。
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10年経ったことで、4人の関係も変化している。
タラハシーは完全に父親。
リトルロックを守ろうとする。
でもリトルロックはもう子どもじゃない。
同年代の友達もいない。
恋愛もしていない。
いつまでもタラハシーに守られているだけではいたくない。
つまり、
親離れの時期。
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一方、コロンバスとウィチタも長く一緒にいる。
コロンバスは、関係をさらに先へ進めたい。
結婚。
でもウィチタは、
結婚というもの自体にかなりネガティブ。
コロンバスを愛していないわけじゃない。
むしろ愛している。
それでも踏み出せない。
だから、
好きなのに離れる。
このあたりの流れがすごく自然。
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そしてウィチタとリトルロックは、
再び旅立つ。
前作で家族になった4人が、
10年後、
成長や価値観の違いから一度バラバラになる。
この導入がちゃんと続編になっている。
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【承】
姉妹が出ていってから一か月。
この「一か月」が妙にいい。
すぐ追いかけるわけでもない。
少し時間が経っている。
コロンバスとタラハシーは、
ショッピングモールで遊びながら二人で暮らしている。
なんというか、
妻と娘に出ていかれた父親二人
みたいになってる。
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そこでタラハシーが、
真面目に自分のネイティブアメリカンの血について話し始める。
「お前だけには話せる」
みたいな空気。
なのに、
コロンバスはセグウェイみたいな乗り物で、
スーッと遠くへ行ってしまう。
ここ。
めちゃくちゃ『ゾンビランド』。
ちょっといい話になりそうな瞬間に、
絶対そのまま感動させない。
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そして登場するマディソン。
強烈。
とにかく馬鹿。
ものすごく馬鹿。
でも、
悪い子ではない。
ここが大事。
嫌なやつではない。
意地悪でもない。
ただ、
びっくりするくらいアーパー。
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コロンバスは彼女を放っておけず、
拠点へ連れて帰る。
そして、
やることやってしまう。
そこへ最悪のタイミングで、
一か月ぶりのウィチタ帰還。
当然、
バレる。
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もう完全にラブコメ。
ゾンビ映画だけど、
ラブコメ。
それでも成立するのが、
このシリーズのすごいところ。
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ウィチタから、
リトルロックがヒッピーの青年についていったことを聞く。
ここでタラハシー。
ヒッピー嫌い全開。
偏見。
過剰反応。
そして出てきたヒッピー彼氏が、
だいたいその偏見通り。
ラブ&ピース。
ギター。
思想。
雰囲気。
いや、
そのスタイルで終末から10年間どうやって生き延びたんだ。
という疑問はある。
でも、
そこはツッコんじゃダメ。
これが『ゾンビランド』。
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なんやかんやと3人はケンカする。
コロンバスとウィチタは痴話喧嘩。
タラハシーはヒッピーへ文句。
マディソンはマディソン。
でも、
行動の目的だけは一つ。
リトルロックを連れ戻す。
これ。
言い争っていても、
家族だから。
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ホワイトハウスを出る時、
タラハシーがマディソンの荷物を雑に捨てる。
ここでもルールが出てくる。
前作からの「ルール」が、
ちゃんと続編でも生きている。
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車内の描写もいい。
前ではコロンバスとウィチタが延々とケンカ。
後ろではマディソンが爆睡。
タラハシーにもたれかかる。
タラハシーは本気で嫌がる。
雑にどかす。
でも起きない。
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そして運転交代。
今度はウィチタが後ろ。
気づけば、
タラハシーとウィチタが二人で寄り添って寝ている。
ここ、
すごくいい。
説明してない。
でも、
10年一緒に暮らした家族の距離感
が一発でわかる。
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【転】
途中、
マディソンに異変。
ゾンビ化?
となる。
そしてコロンバスが撃つ。
一応、
「マディソン死亡」
みたいな流れになる。
でも、
視聴者にはもう、
いや、死んでないだろ。
ってわかる。
これも予想を裏切らない。
でも別にそれでいい。
『ゾンビランド』だから。
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そこから一気に情報量が増える。
まずエルビス・プレスリー。
もう、
エルビス熱が強すぎる。
前作のビル・マーレイ以上。
音楽。
衣装。
車。
モーテル。
銃。
小ネタ。
世代によっては全部把握できない。
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でも、
全部わからなくてもちゃんと楽しめる。
ここが上手い。
元ネタを知っている人はさらに笑える。
知らなくても、
人物のやり取りで普通に面白い。
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そしてモーテルでネバダ登場。
またエルビス。
そして彼女が言う、
「マーレイしちゃう」
みたいな表現。
いやいや。
どこで知ったんだよ。
ビル・マーレイがゾンビと間違えられて撃たれたこと。
誰が広めた。
SNSなんかもうないだろ。
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でも、
面白いからいい。
これが『ゾンビランド』。
ちょっと世界の整合性を曲げても、
笑いとして成立していれば許せる。
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さらに、
アルバカーキとフラッグスタッフ登場。
これまた意味がわからない。
なぜ、
タラハシーとコロンバスのコピーキャラを出そうと思った。
見た目も役割もかなり似ている。
そして吹替版では、
前作のコロンバスとタラハシーの声優まで使う。
ここまでやる。
徹底してる。
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コピーキャラというネタを投入したのに、
そいつらは雑に噛まれる。
そして新型ゾンビ、
T-800化。
終了。
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これも続編としてうまい。
人間が10年生きてきた。
でも、
ゾンビ側だって10年経っている。
ゾンビにも変化がある。
強いやつがいる。
新型がいる。
世界が止まっていたわけではない。
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そしてアルバカーキたちのオフロード競技用トラック。
タラハシーが格好よく乗ろうとする。
全然扱えない。
周囲を壊す。
大惨事。
結局、
ミニバン。
これも最高。
格好つけたら必ず落とす。
『ゾンビランド』の基本。
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途中でマディソンも普通に再登場。
やっぱり生きてた。
そして一行は、
リトルロックがいるバビロンへ。
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この「バビロン」もまた、
知識ネタ。
リトルロックだけは、
ちゃんと本来の意味を知っている。
でも周りのヒッピーたちは、
好きな音楽とか、
なんかそんな意味だと思っている。
誰も正しく理解していない。
でも自信満々。
馬鹿だらけ。
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ここでタラハシーは、
リトルロックの無事を確認。
一度は離れる。
これも父親。
娘が自分で選んだなら、
口を出したくても一度は引く。
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でも、
T-800の大群が迫ってくる。
そして、
リトルロックはヒッピー彼氏と別れる。
そこでタラハシー。
「待ってた」
の空気。
完全に父親。
本当はずっと、
「そうなると思ってた」
なんですよね。
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【結】
そこからは、
ちゃんとゾンビ映画。
大量のゾンビ。
バビロン襲撃。
逃げる。
戦う。
籠城。
迎撃。
でも、
合間のコメディは絶対に忘れない。
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このシリーズ、
最後にちゃんとゾンビ映画として本気を出す。
前作の遊園地と同じ。
コメディだけで終わらない。
大量のゾンビを相手に、
しっかりアクションを作る。
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そしてネバダ。
途中でタラハシーがまともに扱えなかった、
あのオフロードトラックで登場。
ここも回収。
ネバダなら扱える。
タラハシーには無理だった車で、
ネバダが派手に助けに来る。
気持ちいい。
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さらにバビロンの建物を駆け上がるタラハシー。
飛ぶ。
ぶら下がる。
腕が限界。
もう無理。
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そこで、
エルビスが大統領に贈ったという、
あの銃。
バン。
また回収。
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この映画、
本当にネタが多い。
ふざけた小道具も多い。
でも、
ちゃんと後で使う。
ここがいい。
コメディだからって、
全部投げっぱなしにしない。
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そして危機を乗り越え、
ネバダも加わる。
4人から5人へ。
キャデラックで旅立つ。
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最後、
コロンバスがはっきり言葉にする。
家族が家なんだ。
これ。
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前作では、
物語そのもので見せた。
最初は、
自分の家へ帰ろうとしていたコロンバス。
でも最後には、
4人でいることが家になった。
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今回、
その答えを10年後に、
ちゃんと言葉にする。
これがすごく綺麗。
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前作は、
孤独だった4人が家族になる話。
『ダブルタップ』は、
家族になった4人が、一度離れてもまた戻る話。
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リトルロックは成長する。
親離れする。
ウィチタは結婚を怖がる。
コロンバスは傷つく。
タラハシーは娘を手放す。
全員、
10年分ちゃんと変わっている。
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でも、
家族としての芯は残る。
だから戻る。
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そしてエンディング後。
ビル・マーレイ。
ここまでやる。
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前作で、
ゾンビのふりをしてコロンバスに撃たれ、
あまりにも雑に死んだビル・マーレイ。
今回は、
前日譚。
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『ガーフィールド3』。
この時点でもう、
ネタが濃い。
しかも、
毛玉を吐く演技をしてください、
と何度もやらされる。
本人役。
周囲も本人役。
何回も何回も、
毛玉を吐く。
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もう何やってんの。
っていう。
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そして突然、
ゾンビ発生。
そこからのビル・マーレイ。
異様に強い。
動きがいい。
判断も速い。
周囲の物を使う。
ゾンビをどんどん処理する。
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そこで、
「ああ、この人だから前作まで生き残れたんだ。」
となる。
ゾンビメイクして外出する。
豪邸で暮らす。
映画を見る。
人を驚かせる。
終末世界を完全に遊び場としていた人。
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そりゃ生き残る。
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③ 考察・感想・まとめ
『ゾンビランド:ダブルタップ』。
まず最初に思うのは、
10年経ってから続編をやろうとしたこと自体がすごい。
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2009年の『ゾンビランド』。
そして2019年。
10年。
普通なら、
もう別物になる。
キャストも変わる。
空気も変わる。
時代も変わる。
シリーズのテンションも変わる。
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でも、
コロンバス。
タラハシー。
ウィチタ。
リトルロック。
全員ちゃんと戻ってくる。
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しかも、
コロンバスもタラハシーもウィチタも、
10年経ってるのにあまり見た目が変わらない。
これもすごい。
リトルロックは当然大人になっているけど、
顔立ちはそんなに変わらないタイプだから、
「身体が成長した」
という感じで自然。
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そして映画そのものも、
前作のコピーじゃない。
ちゃんと、
バージョンアップしている。
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これが本当にすごい。
たいがい続編って、
前作の良かったものをそのまま再利用して、
結果、
薄くなる。
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でも『ダブルタップ』は違う。
前作の核を絶対に崩さない。
そのうえで、
情報量を増やす。
キャラを増やす。
コメディを増やす。
ゾンビを増やす。
アクションを増やす。
家族ドラマも進める。
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つまり、
ゾンビランドらしさを一切壊さず、ゾンビランドを大きくした。
これ。
続編として非常に正しい。
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前作は、
4人が家族になる。
そこまで。
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続編は、
家族になったあと。
10年経った。
では、
その家族はずっと同じでいられるのか?
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リトルロックは大人になる。
タラハシーは父親として過保護になる。
ウィチタは結婚を怖がる。
コロンバスは次へ進みたい。
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ここ、
ゾンビ世界なのに、
やってることはものすごく普通の家族ドラマ。
子どもの親離れ。
父親の寂しさ。
恋人同士の価値観の違い。
長く一緒にいた家族の倦怠。
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だから、
10年空いた意味がちゃんとある。
ただ出演者が10歳年を取っただけじゃない。
物語そのものが10年進んでいる。
ここが良い。
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そして、
4人は一度バラバラになる。
でも、
リトルロックに何かあれば、
文句言いながら全員動く。
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ずっとケンカしてる。
コロンバスとウィチタは痴話喧嘩。
タラハシーはヒッピーへ文句。
マディソンは好き勝手。
でも、
行動だけは家族。
これなんですよね。
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家族って、
ずっと仲良く笑ってる人間じゃない。
喧嘩もする。
うるさい。
面倒くさい。
価値観も違う。
離れることもある。
でも、
いざとなれば助けに行く。
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『ダブルタップ』は、
そこまでちゃんと描いている。
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そして、
車の中で寝ているところ。
あの描写が好き。
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タラハシーは、
マディソンがもたれてくると本気で嫌がる。
雑に扱う。
でも、
運転交代したあと、
気づけばウィチタとタラハシーが普通に寄り添って寝ている。
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これ、
台詞で、
「俺たちは家族だからな」
なんて言う必要がない。
10年暮らした距離感が、
身体の距離だけでわかる。
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こういう細かいところが、
ちゃんとしてる。
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マディソンも良かった。
本当に馬鹿。
でも、
嫌いになれない。
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悪意がないから。
ただ頭が弱いだけ。
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このキャラクターの置き方も、
かなり上手い。
普通なら、
「主人公カップルの邪魔をする女」
にすると、
ただの嫌われ役になる。
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でもマディソンは、
そもそもそんなこと考えてない。
コロンバスと関係を持ったのも、
ただそこにコロンバスがいたから。
だから、
憎めない。
──────────────────
そして、
タラハシーのヒッピー嫌い。
これも面白い。
偏見。
ものすごい偏見。
──────────────────
でも、
出てくるヒッピーが、
だいたいその偏見通り。
だから笑える。
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とはいえ、
終末から10年。
あのヒッピー。
ギター一本でどうやって生き延びたんだ。
本当に謎。
──────────────────
でも、
そこは考えない。
ゾンビランドだから。
──────────────────
この作品、
ツッコミどころが本当に多い。
情報過多。
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エルビス。
ネバダ。
バビロン。
マディソン。
ヒッピー。
新型ゾンビ。
T-800。
アルバカーキ。
フラッグスタッフ。
オフロードトラック。
ビル・マーレイ。
ホワイトハウス。
キャデラック。
──────────────────
もう、
何個入れるんだよ。
っていう。
──────────────────
でも、
不思議と散らからない。
理由は単純。
中心にずっと4人の家族がいるから。
──────────────────
何をしても、
どこへ行っても、
最後にはこの4人の関係へ戻ってくる。
だから、
情報量が多くても軸がブレない。
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そして、
エルビスネタ。
ここもかなり面白かった。
前作のビル・マーレイより、
さらにマニアック。
──────────────────
世代じゃないと全部は拾えない。
私も、
全部の元ネタがわかるわけではない。
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でも、
わからなくても普通に楽しめる。
これが良い。
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海外コメディって、
文化差で笑いのツボがずれることが結構ある。
元ネタがわからない。
言葉遊びがわからない。
ステレオタイプがわからない。
だから、
「笑いどころはわかるけど、そんなに笑えない」
になりやすい。
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でも『ゾンビランド』シリーズは、
それが少ない。
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なぜか。
たぶん、
笑いの中心が人物と相関にあるから。
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コロンバスが臆病なのに妙に図太い。
タラハシーが粗暴なのに面倒見がいい。
ウィチタが強いのに恋愛では逃げる。
リトルロックが成長して父親から離れたがる。
マディソンが馬鹿だけど悪い子ではない。
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こういう笑いは、
文化圏をあまり選ばない。
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だから、
エルビスの細かいネタを知らなくても笑える。
ビル・マーレイの細かいネタを全部拾えなくても面白い。
アルバカーキとフラッグスタッフの吹替ネタを知らなくても、
コピーキャラとして普通に笑える。
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このへん、
海外ドラマの『フレンズ』みたいな感覚に近い。
登場人物同士のわちゃわちゃを見ているだけで面白い。
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ゾンビ世界なのに、
感覚としては、
「またこの人たち揉めてるよ」
「また馬鹿やってるよ」
「でも結局助けに行くよね」
みたいな、
シットコム的な楽しさがある。
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これが、
日本人の私でもフルで楽しめる理由なんだと思う。
──────────────────
そしてアルバカーキとフラッグスタッフ。
あれは本当に、
よくこんなネタ思いついたな。
と思う。
──────────────────
タラハシーとコロンバスのコピー。
見た瞬間、
笑うしかない。
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しかも日本語吹替で、
前作の声優まで使う。
ここまでやる。
──────────────────
そして、
ちょっと活躍するのかと思ったら、
雑に噛まれる。
T-800化。
終了。
──────────────────
本当に贅沢な使い方。
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そして新型ゾンビも、
続編としてちゃんと意味がある。
前作から10年。
人間は生き方を変えた。
ゾンビだって変化する。
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だから、
ただ前作と同じゾンビを出して終わらない。
ゾンビ側にも、
時間経過がある。
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そして、
クライマックス。
ここも前作と同じく、
最後はちゃんとゾンビ映画。
──────────────────
このシリーズ、
コメディだからって、
ゾンビ映画としての見せ場を捨てない。
これが本当に偉い。
──────────────────
大量のゾンビ。
大群。
カーアクション。
籠城。
建物。
高所。
銃撃。
飛ぶタラハシー。
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ちゃんと派手。
ちゃんと怖さもある。
でも、
絶対にコメディも忘れない。
──────────────────
ネバダが、
タラハシーには扱えなかったトラックで助けに来る。
これも回収。
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エルビスが大統領へ贈った銃。
これも最後に使う。
──────────────────
ふざけたネタを入れても、
後でちゃんと物語へ戻す。
──────────────────
だから、
情報量が多いのに、
雑に感じない。
──────────────────
そして最後。
ネバダを加えた5人。
キャデラック。
旅立ち。
──────────────────
ここで、
前作から続いていたテーマを、
コロンバスがはっきり言う。
家族が家なんだ。
──────────────────
前作では、
自分の家へ帰ろうとしていた。
でも最後、
4人でいることが家になった。
──────────────────
続編では、
その家族が一度壊れかける。
離れる。
でも戻る。
──────────────────
だから、
今度は言葉にできる。
──────────────────
**家は場所じゃない。
家族が家。**
──────────────────
前作を観ているからこそ、
この言葉がちゃんと効く。
──────────────────
そして、
4人から5人へ。
家族は固定されたものではない。
増えていく。
変わっていく。
それでも、
家族。
──────────────────
ここまで描いて、
キャデラックで旅立つ。
本当に綺麗な幕引き。
──────────────────
そして、
そのあとにビル・マーレイ。
これまた最高。
──────────────────
本編は、
ちゃんと感動的に終わった。
そこで余韻を壊さず、
最後に、
「はい、おまけ。」
──────────────────
ガーフィールド3。
毛玉。
本人。
ゾンビ。
そして、
妙に強いビル・マーレイ。
──────────────────
前作で、
「なんでこの人こんな世界で生き残ってたんだ」
という疑問に、
10年後、
まさかの答え。
──────────────────
普通に強かった。
──────────────────
そりゃ生き残る。
──────────────────
そして何より、
続編としての完成度。
ここが一番すごい。
──────────────────
続編って、
たいがい前作を超えられない。
前作で完成しているものに、
無理やり何かを足す。
結果、
薄くなる。
──────────────────
でも『ダブルタップ』は、
映画作品として、
ちゃんと前作から進化した。
──────────────────
前作の良さを守る。
でも同じことはしない。
──────────────────
家族ドラマを進める。
コメディを増やす。
ゾンビを強くする。
世界を広げる。
ネタを増やす。
アクションを派手にする。
──────────────────
それでも、
絶対に『ゾンビランド』というラベルを崩さない。
──────────────────
ここが本当に素晴らしい。
──────────────────
前作は、
かなり完成度の高い映画だった。
その完成品へ、
10年後、
ちゃんと上積みした。
──────────────────
だから、
私の中では、
興行収入や世間の評価は別として、
映画作品としては『ダブルタップ』のほうがさらに進化している。
と思う。
──────────────────
笑い。
家族。
ゾンビ。
ロードムービー。
アクション。
全部増えている。
でも、
芯は同じ。
──────────────────
そして、
日本人の私でも、
文化差をあまり感じず笑える。
──────────────────
『フレンズ』みたいに、
人物と相関で笑わせる。
そのわちゃわちゃを、
ゾンビ映画でやる。
──────────────────
これが、
このシリーズの一番好きなところかもしれない。
──────────────────
最終評価。
素晴らしい続編。
──────────────────
10年後にやる。
同じ4人を集める。
世界を広げる。
情報を増やす。
笑いを増やす。
ゾンビを進化させる。
家族ドラマも進める。
──────────────────
それでも、
前作の良さを一切壊さない。
──────────────────
むしろ、
前作で生まれた家族を、10年後に本当の家族へ成長させた。
──────────────────
『ゾンビランド』が、
「家族になる物語」なら、
『ダブルタップ』は、
「家族であり続ける物語」。
──────────────────
そして最後に、
家族が家なんだ。
と明確に言葉にする。
──────────────────
これ以上ないくらい、
前作への答えになっている。
──────────────────
笑える。
ゾンビ映画としても楽しい。
キャラクターが愛おしい。
情報過多。
ツッコミどころ満載。
でも、
映画としてはちゃんと整っている。
──────────────────
『ゾンビランド』らしさを崩さず、すべてを一段上へ進めた、見事な続編。
本当に、
続編の成功例だと思います。
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