『ゾンビランド』の個人的な感想・考察

 『ゾンビランド』の個人的な感想・考察

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①『ゾンビランド』(2009年・アメリカ・監督:ルーベン・フライシャー)

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② あらすじ(起承転結・ネタバレあり)

【起】

謎のウイルスによって世界中がゾンビだらけになった世界。

主人公のコロンバスは、気弱で神経質そうに見える青年。

けれど、生き残るための独自の「ルール」をいくつも作り、それを忠実に守ることで終末世界をなんとか生き延びている。

カーディオ。

二度撃ち。

シートベルト。

トイレに注意。

そんなルールが画面上にいちいち表示される。

ゾンビ映画なのに、最初からテンションはかなり軽い。

でも、ゾンビメイクはちゃんとしている。

動きも気持ち悪い。

食われる。

血も出る。

ゴア描写もしっかりある。

つまり、

コメディだからゾンビ映画を舐めているわけではない。

ちゃんとしたゾンビ世界の中で、登場人物たちが妙なことをしている。

そこがこの映画の面白さ。

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コロンバスは旅の途中で、タラハシーという男と出会う。

強面。

粗暴。

ゾンビを殺すのが大好き。

とにかく豪快。

一見すると典型的なマッチョ系キャラクター。

でも、コロンバスと組んだ瞬間から、妙に相性がいい。

コロンバスは弱そうに見えて、意外と図太い。

タラハシーから酒を渡された時も、ぐいっと飲むのかと思わせて、

そのまま窓の外へ放り投げる。

いや、その強面相手によくやるな。

と最初から笑える。

しかもタラハシーも本気でキレるわけではない。

この時点でもう、

なんだかんだ相性がいい。

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その後、二人はウィチタとリトルロックという姉妹に出会う。

この二人は、終末になる前から人を騙して生きてきた。

だからゾンビランドになったから急に悪人になったわけではない。

もともとの生存手段が、

終末世界でもそのまま通用している。

姉妹は男二人を騙し、

車や武器を奪う。

でも、なんだかんだでまた合流。

そして四人で行動するようになる。

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【承】

コロンバスの最初の目的は、

自分の家へ帰ること。

終末世界になって、

家族がどうなったのかを確かめたい。

ただし、彼自身はもともとそんなに家族との関係が深かったわけでもない。

それでも世界が終わると、

「家へ帰る」

ということが大きな意味を持つ。

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一方でタラハシーは、

トゥインキーに異常な執着を持っている。

ゾンビを倒す。

車を乗り換える。

移動する。

その合間でも、

ずっとトゥインキーを探す。

ただのギャグにも見える。

でも、後から彼が子どもを失っていることがわかると、

タラハシーの印象が変わる。

豪快。

粗暴。

ゾンビ殺し大好き。

でも、その下には大きな喪失がある。

だから彼のトゥインキーへの執着も、

単なるお菓子好きだけではなく、

失われた普通の日常への執着にも見えてくる。

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そして四人は、

少しずつ普通に仲良くなっていく。

ここがすごくいい。

大事件があって突然、

「今日から俺たちは家族だ!」

にはならない。

騙される。

言い合う。

また一緒に移動する。

くだらない話をする。

食べる。

遊ぶ。

それを繰り返しているうちに、

なんとなく仲良くなっちゃう。

この自然さが良い。

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ウィチタとリトルロックも、

ずっと姉妹だけで生きてきた。

他人を信用しない。

特にウィチタは、

妹を守ることを最優先にしている。

それ自体は、この世界では正しい。

でも、

やっぱり二人とも人恋しい。

コロンバスもそう。

タラハシーもそう。

四人とも、

一人でも生きられるように振る舞っているけど、本当は一人でいたくない。

そこが共通している。

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道中、四人はビル・マーレイの家へ行く。

どうせ終末世界。

有名人もほとんど死んでいるだろう。

じゃあ行ってみよう。

というノリ。

この時点でもうバカバカしくて面白い。

しかも、

本人が普通にいる。

ゾンビメイクをして外出している。

家では『ゴーストバスターズ』ごっこ。

ホームシアターでは『ゴーストバスターズ』。

もう何してるんだ、この人たち。

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この一連の場面、

本筋だけ考えればなくても物語は成立する。

でも、絶対に必要。

なぜなら、

世界が終わっても、人間は遊ぶ。

という映画だから。

ただ生き延びるだけではなく、

生きるなら楽しまないと意味がない。

この映画全体の精神が、

ビル・マーレイの家に凝縮されている。

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そしてビル・マーレイ。

コロンバスを驚かせようとして、

ゾンビのふりをする。

撃たれる。

いや、

あれはコロンバス悪くない。

あんな世界でゾンビのふりして脅かしたら、

普通に撃たれる。

タラハシーとビル・マーレイが悪い。

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しかも死に方まで面白い。

その後の葬送も締まらない。

空へ銃を撃つタイミングすらズレる。

悲しいのに、

最後まで妙に笑える。

ここでも湿っぽくしすぎない。

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【転】

四人での生活が心地よくなり始めた頃、

ウィチタは不安になる。

姉妹だけで生き抜く。

他人は信用しない。

その生存哲学が、

コロンバスとタラハシーと一緒にいることで揺らぎ始めた。

だからウィチタは、

リトルロックを連れて離れる。

目的地は遊園地。

リトルロックがずっと行きたがっていた場所。

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遊園地へ到着した姉妹は、

電源を入れる。

すると、

照明。

アトラクション。

音楽。

全部動く。

ご都合主義?

いい。

この映画では、

遊園地が一瞬だけ文明復活の夢になる

ことのほうが大事。

リトルロックにとっては、

終末世界になる前の、

子どもらしい時間を取り戻せる場所でもある。

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ただし、

光。

音。

派手なアトラクション。

当然、

ゾンビが大量に集まってくる。

はい。

ゾンビまみれ。

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一方、ウィチタたちが去ったことを知ったコロンバスは、

助けに行く。

かっこよくバイクに乗ろうとする。

乗れない。

仕方ないからタラハシーが付き合ってあげる。

この時点でもう、

二人の関係は完全に出来上がっている。

最初はたまたま一緒になった二人。

でも今では、

「しょうがねえな」

で一緒に助けに行く。

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そして遊園地では、

そこまでのロードムービー的な空気から一転。

ちゃんとゾンビ映画になる。

大量のゾンビ。

銃撃。

逃走。

高所。

アトラクション。

遊園地そのものを使ったドタバタアクション。

テンポも速い。

スピード感もある。

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ここで面白いのが、

「ゾンビランド」というタイトル。

アメリカ全土がゾンビランド。

そして遊園地も、

文字通りゾンビだらけのランド。

人間の娯楽施設が、

本物のゾンビランドになる。

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【結】

コロンバスとタラハシーは、

ウィチタとリトルロックを救う。

そして四人は、

再び一緒になる。

世界は何も解決していない。

ゾンビはまだ大量にいる。

文明も戻らない。

安全な場所が見つかったわけでもない。

でも、

四人には一つ大きなものができた。

家。

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最初のコロンバスは、

文字通り自分の家を探していた。

でも旅の中で、

家の意味が変わっていく。

建物。

住所。

故郷。

ではない。

一緒にいて安心できる人間がいる場所。

それが家。

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そしてタラハシーは、

念願のトゥインキーも手に入れる。

四人はまた旅へ出る。

世界は終わったまま。

でも、

一人ではない。

そんなところで映画は終わる。

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③ 考察・感想・まとめ

『ゾンビランド』。

何回も観ている映画。

でも別館へ感想や考察を書いたことはなかったので、

改めてまとめることにした。

まず一言。

面白い。

これに尽きる。

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コメディ。

でも、

ちゃんとゾンビ映画。

ここが本当に良い。

ゾンビメイク。

動き。

ゴア描写。

食われ方。

血。

どれもちゃんとしている。

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コメディだから、

ゾンビを雑に扱う。

怖くなくするために、

ゾンビ映画としての部分を弱くする。

そういうことをしていない。

むしろ、

本格的なゾンビ世界の中で、登場人物たちが妙なことをやっている。

だから面白い。

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そして、

かなりスケール感がある。

理由は単純で、

ずっと移動しているから。

道路。

スーパー。

街。

豪邸。

遊園地。

場所がどんどん変わる。

それだけで、

アメリカ全土がゾンビランドになった

という広がりを感じられる。

一か所へ籠城するゾンビ映画とは、

見え方が全然違う。

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しかも、

ロードムービーとしての構造が、

そのまま四人の関係性にもつながっている。

移動する。

出会う。

騙される。

一緒に走る。

遊ぶ。

離れる。

助けに行く。

また一緒になる。

この旅そのものが、

四人が家族になる過程。

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そして、

この映画の一番大事なテーマは、

やっぱり「家」だと思う。

最初、

コロンバスは自分の家へ帰ろうとする。

家族がいるかもしれない。

帰る場所。

自分がいた場所。

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でも最終的には、

家って場所じゃない。

人なんだ。

というところへ行く。

コロンバス。

タラハシー。

ウィチタ。

リトルロック。

この四人が一緒にいること。

それが新しい家。

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これ、

ものすごくベタ。

でも良い。

なぜなら、

ベタなものを無理にひねらず、

ちゃんと成立させているから。

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四人の関係が良い。

本当に掛け合いが面白い。

まずコロンバス。

気弱そう。

神経質。

慎重。

でも、

意外と大胆。

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タラハシーの車へ乗って、

酒を渡される。

飲むのか?

と思ったら、

窓から投げ捨てる。

いや、

お前、

その人相手にそれやるのか。

っていう。

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強そうなタラハシー相手にも、

結構無神経なことを言う。

だから、

ただの弱いオタクキャラじゃない。

臆病だけど、

自分の基準はちゃんと持っている。

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そして彼の「ルール」。

これもギャグとして面白い。

でも、

よく考えると性格とかなり合っている。

世界が完全に壊れた。

何が起きるかわからない。

どこからゾンビが来るかわからない。

そんな世界で、

「こうすれば生きられる」

というルールを作る。

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つまり、

不安を管理するための方法。

なんですよね。

世界は理解不能。

でも、

ルールだけは理解できる。

だから、

コロンバスはルールを守る。

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そして物語が進むと、

そのルールにも変化が出る。

ただ生き残るためだけじゃなく、

小さなことを楽しむ。

そこまで入ってくる。

これが映画全体のテーマにもつながる。

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そしてタラハシー。

この人が本当に良い。

見た目。

言葉遣い。

行動。

全部粗暴。

ゾンビを殺すの大好き。

でも、

ただの乱暴者じゃない。

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ちゃんと考えている。

状況判断もする。

コロンバスを放っておかない。

騙された姉妹も結局助ける。

リトルロックにも優しい。

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そして、

実はかなりお人好し。

これがどんどんわかってくる。

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さらに、

子どもを失っている。

この背景が出ると、

タラハシーの見え方が一気に変わる。

強い。

豪快。

笑う。

ゾンビを殺しまくる。

でも、

大きな喪失を抱えている。

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リトルロックへ少し父親っぽく接するのも、

ここにつながってくる。

結果として、

四人が疑似家族になる中で、

タラハシーは自然と父親っぽい位置に入っていく。

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ウィチタとリトルロックも良い。

姉妹だけでずっと生きてきた。

騙す。

盗む。

逃げる。

でも、

終末になったから急にそうなったわけではない。

もともとそういう生き方をしていた。

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だから、

ゾンビランドになったあとも、

その技術がそのまま使える。

過去と現在がちゃんとつながっている。

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しかもウィチタは、

妹を守ることが最優先。

だから他人を信用しない。

それは正しい。

この世界なら、

むしろそのほうが生き残れる。

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でも、

二人とも人恋しい。

結局、

四人とも同じ。

一人でも生きられるけど、一人ではいたくない。

ここが共通している。

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だからウィチタが途中で逃げるのも、

単純に男二人を信用していないから、

だけではない。

むしろ、

信用し始めたから怖くなった。

というのが面白い。

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姉妹だけで生きる。

それが自分たちの芯。

なのに、

コロンバスとタラハシーといるのが、

普通に楽しい。

普通に安心する。

普通に居心地がいい。

そのせいで、

これまでの生き方が揺らぐ。

だから一度離れる。

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でも結局、

また一緒になる。

ここに特別な大演説はいらない。

普通に仲良くなってしまった。

それでいい。

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そしてビル・マーレイ。

ここはもう、

何回観ても面白い。

終末だから、

有名人の家へ行ってみよう。

誰を選ぶ?

ビル・マーレイ。

このチョイス。

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そして本人がいる。

ゾンビメイクして外出。

『ゴーストバスターズ』ごっこ。

シアターで『ゴーストバスターズ』。

何してんの?

っていう。

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でもこの時間、

本当にゾンビ世界ということを忘れる。

それが良い。

終末だからこそ、

遊ぶ。

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どうせ世界は終わっている。

だったら、

楽しまないと。

この映画、

そこが妙に前向き。

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そしてビル・マーレイを撃ってしまうコロンバス。

いや、

あれは本当にコロンバス悪くない。

ゾンビのふりして脅かしたら、

撃たれる。

当たり前。

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死に方まで笑える。

葬送も締まらない。

空へ銃を撃つタイミングもズレる。

最後まで、

湿っぽくしすぎない。

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そして遊園地。

ここも大好き。

全部動く。

明かりがつく。

音が鳴る。

アトラクションが動く。

ご都合主義。

いい。

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この映画は、

リアリティを全部捨てているわけではない。

でも、

面白くなるためなら、必要なご都合は堂々と使う。

そこも潔い。

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そして、

当然ゾンビが集まる。

ここからは、

ちゃんとゾンビ映画。

大量のゾンビ。

追跡。

銃撃。

アトラクション。

逃走。

テンポもいい。

スピードもある。

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コメディでずっと走ってきたのに、

最後にはちゃんと、

ゾンビ映画らしいクライマックスを作る。

ここが上手い。

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そして、

コロンバスが格好つけてバイクへ乗ろうとする。

乗れない。

タラハシーが付き合ってあげる。

この時点でもう、

二人は完全にコンビ。

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説明しない。

でもわかる。

この二人、

もうお互いかなり好きだろ。

っていう。

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そして最後。

タラハシーはトゥインキーを手に入れる。

四人で旅立つ。

これが本当に綺麗。

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世界は救われていない。

ゾンビもいなくならない。

安全な国もない。

目的地も決まっていない。

でも、

四人は一緒。

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だから、

コロンバスが最初に探していた「家」は、

最後には別の意味になる。

家は場所ではなく、人。

これ。

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そして、

この映画に何度も出てくる、

「今週のベスト・ゾンビ・キル」

みたいな遊び。

これも好き。

普通なら惨劇。

でも、

この世界ではもう日常。

だったら、

「誰のゾンビ殺しが一番すごかった?」

くらいの娯楽になる。

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終末世界へ適応した人間たちの感覚として、

すごく自然。

しかも映画全体のテンションにも合っている。

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『ゾンビランド』って、

ものすごく深い考察を必要とする映画ではない。

でも、

中身がないわけでもない。

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むしろ、

かなり綺麗に一本のテーマを持っている。

孤独だった四人が、旅をしながら家族になる。

これだけ。

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でも、

これを最後までちゃんと描く。

余計なことをしない。

四人のキャラクターを立てる。

掛け合いを面白くする。

ゾンビ映画としてもちゃんと作る。

ロードムービーとして移動感を出す。

コメディとして振り切る。

最後は疑似家族ものとして着地する。

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全部、

かなりバランスが良い。

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だから何回観ても面白い。

ストーリーを忘れているから観るんじゃない。

全部知っている。

ビル・マーレイが死ぬのも知っている。

遊園地がゾンビまみれになるのも知っている。

四人が一緒になるのも知っている。

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それでも観る。

なぜなら、

四人の掛け合いをまた見たいから。

タラハシーを見たい。

コロンバスのルールを見たい。

ウィチタとリトルロックを見たい。

ビル・マーレイを見たい。

あの世界へまた行きたい。

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つまり、

登場人物とこの世界にまた会いに行く映画。

これが強い。

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コメディ。

ロードムービー。

ゾンビ映画。

疑似家族もの。

全部ちゃんと成立している。

軽い。

でも雑じゃない。

バカバカしい。

でも骨格はしっかりしている。

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最終評価。

やっぱり面白い。

何回観ても面白い。

ちゃんとゾンビ映画で、

ちゃんとコメディで、

ちゃんとロードムービーで、

ちゃんと四人の家族になる話。

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そして最後には、

タラハシーのトゥインキーまでちゃんと回収する。

本当に、

一本の娯楽映画として綺麗。

何も難しいことを考えなくても楽しい。

でも、少し考えるとちゃんと芯もある。

だから何度でも観られる。

『ゾンビランド』は、

そんな完成度の高いゾンビコメディでした。


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