『サバイバル・フィールド』の個人的な感想・考察
『サバイバル・フィールド』の個人的な感想・考察
①『サバイバル・フィールド』(2009年・スペイン・監督:ダニエル・ベンマヨール)
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②あらすじ
【起】
サバイバルゲームを楽しむため、森のフィールドへ集められた参加者たち。彼らは通常のペイントボールゲームのつもりで参加するが、開始早々、ゲームは想定外の方向へ進み始める。ペイント弾ではなく本物の銃撃、実弾、負傷、そして死。参加者たちは、これがただのサバゲーではなく、何者かによって仕組まれた殺人ゲームであることに気づいていく。
【承】
フィールド内では、赤外線スコープを使うハンターたちが参加者を追い詰めていく。参加者たちは森の中を逃げ回りながら、生き残るために抵抗を試みる。途中、謎のパーツのようなものを集めていく展開もあり、何か反撃手段か脱出手段につながるのではないかと示唆される。しかし、その意味や機能はなかなか明らかにならず、観客側にも状況の全体像が見えにくいまま、殺し合いだけが進んでいく。
【転】
やがて、このゲームは単純な「ハンターが参加者を狩る」構造ではないことが分かってくる。ハンター側もまた完全な支配者ではなく、ある意味ではゲームに組み込まれた被害者であり、参加者たちと同じく利用されている側だった。さらに、参加者たちはすでに社会的には死んだことにされており、仮に勝ち残っても生存者として日常へ戻れる保証はない。つまり、現場でハンターを倒したとしても、真の敵である運営側・組織側の構造は残り続ける。
【結】
終盤、主人公格の人物は逃走を試みるが、ラストでは車を選ばず走って逃げるような展開になり、結局そのまま殺されたかのような幕切れを迎える。真の敵が完全に倒されるわけでもなく、かといって巨大な闇組織の絶望的な支配が強烈に描かれるわけでもない。勝利にも完敗にも振り切れないまま、物語は曖昧な後味を残して終わる。
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③考察・感想・まとめ
なんというか、かなりわけのわからない作品だった。
話の骨格だけを見れば、ものすごく単純ではある。サバゲーだと思って参加したら、本当は富豪の娯楽なのか、軍事実験なのか、違法な殺人ゲームなのか、とにかく何らかの組織に仕組まれたデスゲームだった。さらに、オチとしてはハンター側も完全な加害者ではなく、ゲームに参加させられている側、つまり被害者といえば被害者だった。そして参加者たちは全員、すでに死んだことにされていて、勝っても生存者はいない。
要約すれば、それだけの話だと思う。
ただ、問題はその「それだけ」を映画としてどう見せるかで、そこがかなり弱い。
デスゲームもの自体はありふれている。だからこそ、観客は入りやすい。サバゲーだと思ったら本物の殺し合いだった、という導入も分かりやすい。ならば、そこから先はこの作品ならではのルール、公平な条件、真の敵、逆転劇をきちんと設計すれば、普通に楽しめるB級映画になったはずだった。
たとえば、ハンターは赤外線越しでしか視界がない、という条件自体は良い。
これはきちんと使えばかなり面白いゲームルールになる。体温を隠す、水や泥を使う、熱源を囮にする、火を使って視界を乱す、死体や装備を利用する。そういう駆け引きができたはず。けれど実際には、プレイヤー側の有利・不利が曖昧で、ゲームとしての公平性や攻略性が弱い。観客が「この条件ならこう動ける」「ここで逆転できる」と参加できるほど、ルールが整理されていない。
集めたパーツで何かが出来上がることも、ある程度は想像できる。
ただ、それを持ってくるのが遅すぎる。しかも結局、それがどういう武器で、どういう意味を持つものだったのかが分かりにくい。伏線として引っ張るなら、中盤から期待を育てて、終盤できっちり反撃に使うべきだったと思う。あれでは「何かありそうだったけど、結局よく分からなかった」で終わってしまう。
カメラワークもかなりきつい。
終始POVのようにカメラが動き続けるのだけど、POVよりも見にくい。しかも俯瞰POVのような、もはやPOVの意味がない視点も混ざる。POVは本来、誰かの視点に閉じ込められるから意味がある。見える範囲が限られる。撮影者の恐怖が伝わる。何が映っていて、何が映っていないのかが恐怖になる。けれどこの作品は、視点の制限や撮影者の存在理由が弱く、単に「手持ち風で揺れて見づらい映像」になってしまっている。
当時は『REC』などの影響もあって、スペイン映画でもPOVやファウンドフッテージ的な手法が流行っていた時期だったのかもしれない。
ただ、『REC』が強かったのはPOVだからではない。閉鎖空間、撮影者の存在理由、映像が残る必然性、視界制限による恐怖、状況が段階的に悪化する構成。その全部が噛み合っていたから強かった。『サバイバル・フィールド』は、その外側だけ拾ってしまったように見える。
スペイン映画の良さは、クセの強さだと思う。
変な湿度、閉塞感、宗教性、暴力性、人間関係の嫌さ、社会の歪み。そういう濃さが出ると強い。けれどこの作品は、そのスペイン映画らしいクセもあまり出ていない。舞台や設定はあるのに、国産スリラーとしての匂いが薄く、英語圏B級サバイバル映画の変種のように見えてしまう。
グロシーンを赤外線スコープ越しにしているのも、演出として面白くできた可能性はある。
人間を人間としてではなく、熱源として処理する。狩猟対象として消費する。殺人をゲーム化する。その非人間性を見せる演出にできたはずだった。けれど実際には、誤魔化しなのか、配慮なのか、よく分からない。テーマ性として乗り切っていないため、単に直接的なグロを避けたようにも見えてしまう。
結末も弱い。
この作品は途中から「あ、これは絶対に勝てないやつだな」と分かる。現場のハンターを倒しても意味がない。もっと上に真の敵がいる。ならば結末は二択しかない。
真の敵を完全撃破するか。
あるいは、真の敵が強大すぎて完敗するか。
『ザ・ハント』は前者をきっちりやっていた。
狩る側がいて、狩られる側がいて、主人公が異常に強く、最後は黒幕のところまで到達してぶっ潰し、日常へ戻る。だからB級アクションとしての快感がある。理不尽なゲームに巻き込まれた人間が、その理不尽を力で突破する。その筋が通っている。
一方で『サバイバル・フィールド』は、勝利にも絶望にも振り切れない。
真の敵を倒したわけでもない。かといって、真の敵を巨大な闇組織として圧倒的に描いたわけでもない。ハンターも被害者だったというひねりはあるが、その上位構造がぼんやりしている。だから観客の感情の置き場所がない。怒ればいいのか、怖がればいいのか、絶望すればいいのか、何を見せられていたのかが分からない。
もし絶望エンドにするなら、もっと真の敵を強大に描くべきだった。
たとえば、逃げ切ったと思ったら戸籍も記録も消されていて、誰も主人公の存在を認めない。警察も病院も運営側とつながっている。別の国、別の森、別のゲーム会場が映り、このゲームが世界中で続いていると分かる。あるいは、私たちが見ていたPOV映像そのものが、運営側の記録映像・販売映像・実験ログだったと明かされる。そこまでやれば、勝てない構造にも意味が出た。
逆に勝利エンドにするなら、入れ替わりPOVで「誰が主人公で、誰が勝者になるのか分からない」構成にしても面白かったと思う。
最初に主人公っぽく見えた人物が死ぬ。次に別の参加者の視点へ移る。さらにハンター側の視点へ移る。視点がリレーされることで、観客は誰が最後に勝ち残るのか読めない。そして終盤、参加者とハンターの一部が「自分たちは両方とも駒だった」と気づき、真の敵に対して共闘する。そうすればPOVの臨場感にも意味が出るし、作品として一段抜けられたはずだった。
円盤で観たが、特典の新作案内もなかなか時代感があった。
紹介されていたのは『REC2』、『ディセント2』、『女子高生ミステリー・ナイト』、邦画だと『学校裏サイト』など。評価がかなりばらつく並びで、まさに当時のレンタル棚という感じだった。
円盤の新作案内は、観ていると案外掘り出し物があったりする。
「これ知らなかったけど面白そう」となることもある。けれど今回は正直ハズレだった。紹介PVの煽りの時点でまずつまらなそうだったし、作品としての引きも弱かった。
『REC』はシリーズとして良かった。
1作目の閉鎖マンションPOVは強いし、2作目で宗教性や感染ホラーの構造を広げたのも面白かった。好みは分かれても、続編として何をやるかは明確だった。
『ディセント2』はつまらなかった。
やはり『ディセント』は1作目が強い。洞窟の閉塞感、人間関係の亀裂、暗闇、クリーチャー、主人公の精神的な追い詰められ方。あれが全部噛み合っていた。2作目は、観客がもう洞窟の怪物を知っている時点で、1作目の「未知の地獄へ落ちていく感覚」が弱くなってしまう。
『学校裏サイト』は、アクションだけは少し面白そうだった。
ただ、題材としては完全にガラケー時代の産物だと思う。学校裏サイト、匿名掲示板、ネットいじめ、ケータイ小説。あの頃は、そういう安い小説や刹那的な流行がザラにあった。短文、改行多め、過剰な悲劇、恋愛、妊娠、病気、裏切り、死。ガラケーの小さな画面で、手早く感情を揺らす即効性コンテンツだった。
そして、そういうブームは映像化されるとかなり雑になりがちだった。
流行っているうちに映像化して稼いでおけ、という商売感が強い。作品として練るよりも、ブームが終わる前に出すことが優先される。その結果、一瞬だけ話題になって、すぐ消えていく刹那的な作品が多かった印象がある。
2010年前後は、個人的にはスリラー・ホラー系統の革命時代でもある。
POV、ファウンドフッテージ、デスゲーム、ソリッド・シチュエーション、拷問ホラー、学校・ネット・SNS系スリラー。今に繋がる名作や奇作も結構ある。ただ、そのぶんアタリハズレがかなり大きい。低予算でもアイデアが強ければ化ける時代だった一方で、流行の要素を雑に混ぜただけの作品も大量に出た。
B級映画は、雑でもネタが面白ければそれなりに観られる。
むしろ荒さが味になることもある。けれど、ネタそのものが弱いと一気に厳しくなる。『サバイバル・フィールド』は、デスゲーム、POV、赤外線ハンター、謎の組織、ハンターも被害者、全員死亡扱いというパーツはある。だが、どれも決定打になるほど尖っていない。だから雑さをカバーできない。
結局この作品は、デスゲームの構造はあるのに、デスゲーム映画としての快感設計がない。
ルール提示、駆け引き、反撃、真相開示、決着。そのすべてが弱い。勝てる話なのか、勝てない話なのかも決めきれていない。真の敵を倒すわけでもなく、真の敵の巨大さを見せきるわけでもない。POVも演出として機能しきっておらず、ただ見づらさだけが残る。
素材は時代に合っていた。
でも、作品としての芯がなかった。
まとめるなら、
『サバイバル・フィールド』は、2010年前後のPOV・デスゲーム・サバイバルホラー流行の空気をまとった作品ではあるが、その流行を自分の作品として消化しきれなかった一本だと思う。設定だけなら普通に面白くできた。けれど、真の敵、ルール、逆転劇、POVの意味、そのどれもが半端だった。結果として残るのは、恐怖でも興奮でもカタルシスでもなく、「結局なにを見せたかったのか分からない」という困惑だった。
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