『オールド』の個人的な感想・考察
『オールド』の個人的な感想・考察
『オールド』(2021年・アメリカ・監督:M・ナイト・シャマラン)
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②あらすじ
【起】
リゾート地へ休暇に訪れた一家は、美しい浜辺へと案内される。そこは人里離れた特別な場所で、周囲には他の観光客たちもいる。冒頭から、母親が娘に「大人になった歌声を聴きたい」と語る場面や、リゾートの背後に製薬会社らしき存在があること、集められた家族や人物たちが病気や体質的な問題を抱えていることが示される。
この時点で、単なるバカンスではなく、何らかの目的を持って人々が集められていることはかなり読み取りやすい。
【承】
浜辺に入った人々は、異常な現象に巻き込まれていく。子供たちは急速に成長し、大人たちは急速に老いていく。傷の治癒、病気の進行、妊娠、精神状態の変化など、時間の流れが人体にだけ極端に作用しているかのような出来事が次々と起きる。
浜から出ようとすると意識を失い、脱出もままならない。登場人物たちは次第に、この場所では通常の時間感覚が通用しないことを理解していく。
【転】
やがて、浜辺に連れてこられた人々には共通点があることが見えてくる。病気を抱えた者、薬効や症状の変化を観察する対象になり得る者たちが集められており、その背後には製薬会社の治験・人体実験めいた構造が存在していた。
浜辺の異常な時間経過を利用すれば、病気の進行や薬の効果を短時間で観察できる。つまり、この場所は人間の一生を実験データとして消費するために利用されていた。
【結】
最後に姉弟は、暗号や手がかりをもとに浜からの脱出方法へたどり着く。珊瑚の先に抜け道があることを知り、海中を進んで脱出を試みる。結果として二人は生還し、外部へ真相を伝える。製薬会社の悪事は暴かれ、施設側の人間たちは追及される流れで物語は幕を閉じる。
しかしこの結末は、物語上の爽快感はある一方で、あの浜辺で起きた現象を本当に立証できるのか、巨大製薬会社をすぐ裁けるのか、という点でかなり強引さも残る。
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③考察・感想・まとめ
全体として、『オールド』は普通に面白い作品だった。
冒頭から伏線の出し方は分かりやすく、視聴者を完全に置いていくタイプの不条理映画ではない。
車の中で母親が「大人になった歌声を聴きたい」と言う場面、リゾートが製薬会社と関係していそうな気配、登場人物たちがそれぞれ病気や体質の問題を抱えていること。
こうした情報が早い段階で提示されるので、「なんなん? どういうこと? なにが起きてるの?」という置いてきぼり感はそこまでない。
むしろ、設定の方向性は早めに分かる。
そのうえで、「ではこの先、どう展開するのか」「この異常な時間経過の中で、人間たちはどう壊れていくのか」という楽しみ方ができる作品だった。
子供たちのキャスティングもかなり良かった。
成長後の役者が、顔立ちや雰囲気の面でちゃんとつながっている。もちろんメイクや演出もあるだろうけれど、「同じ人物が成長した」という説得力はしっかりあった。
この設定で子供から大人への変化が雑だと一気にギャグになってしまうが、そこはかなり丁寧に作られていたと思う。
ただ、どうしてもこの手の「時の流れ」系の作品は、学術的・生理学的にどうなのかという部分が頭をよぎってしまう。
考えてはいけない作品なのに、考えたくなる作りをしている。そこが一番モヤる。
生物の体にだけ影響を及ぼす鉱石の磁場なのだとしたら、死体や遺骨にまで影響が出るのはおかしい。死体はまだ腐敗や分解という現象で説明できるとしても、遺骨はすでに代謝していない。細胞分裂も成長も老化もしていない。
それなのに骨まで短時間で変化するなら、それは生体への作用ではなく、物質そのものの劣化や時間加速の話になってしまう。
では、空間そのものの時間が早くなっているのか。
そう考えると、今度は別の矛盾が出る。バスケット、パラソル、衣服、金属、持ち物、紙、プラスチック、砂、岩、海水なども、人間と同じ速度で劣化していなければおかしい。
でも作中では、人体に起きている変化と物品に起きている変化が釣り合っていない。
細胞分裂の速度が早まっている、と考えても難しい。
成長が早い、つまり老化していくということは、細胞分裂や代謝、ホルモン変化、骨格形成、神経発達、免疫反応などが異常な速度で進んでいることになる。
だから病気の進行も早くなる。傷の治癒も早くなる。そこまでは作劇上は分かる。
しかし、毒のまわりが早いという描写になると、さらにモヤる。
毒の吸収、血流による分布、肝臓での解毒、腎臓からの排泄、細胞障害、免疫反応。これらが全部加速しているのだとしたら、先に毒が致死域に達するのか、解毒や排泄が勝つのかは単純には言えない。
「時間が早いから毒も早く回る」で押し切っているが、生理学的にはそこまで単純ではない。
珊瑚が見えない波のようなものを遮断する、という設定も面白くはある。
珊瑚はたしかに長い年月その姿を維持するものだし、防御壁のようなイメージとしては分かりやすい。
ただ、この海や浜がいつから存在しているのかを考え始めると、珊瑚でさえもその異常な時間の中で分解されていないのか、という疑問が出てくる。
つまり、この作品は「考えてはいけない」タイプの寓話寄りの話にしておけばよかった。
ところが作中では、製薬会社、治験、病気の進行、薬効確認、鉱石、磁場といった、いかにも現実の科学や医学に接続する言葉を出してしまう。
そうなると観客側は当然、「では仕組みを検証しよう」という頭になる。
その結果、設定の粗が目立ってしまう。
個人的には、製薬会社関連の設定を全部削って、ただただ不思議な自然環境に巻き込まれた話にしたほうが、ずっとスッキリしたと思う。
どうやらこの浜では時の流れが早い。なぜかは分からない。逃げられない。人生が一日に圧縮される。
その中で、人々は最後に何を思うのか。誰に謝るのか。誰を許すのか。何を諦め、何を受け入れるのか。
そういうヒューマンドラマに完全に振り切ったほうが、作品の中身は厚くなったはず。
スリラーよりも、ミステリー要素を持ったSFヒューマンドラマにしたほうが絶対に良かった。
大事なのは、浜辺の理屈を全部説明することではなく、極限環境下で人間の心をどう描くかだったと思う。
もしスティーブン・キングがこの題材を扱ったら、まさにそこに振り切っていたと思う。
浜辺の謎は残る。完全な説明はされない。
でも、謎は残ってもいい。ミステリーや怪異譚では、すべてを説明することが正解ではない。重要なのは、何を見せるか。
キングなら、老い、病気、家族、後悔、子供の成長を見届けられない親の苦しみ、体だけ大人になって心が追いつかない子供の悲しみを、もっと徹底的に描いただろうと思う。
ラヴクラフト的にするなら、浜辺の正体は人間には理解できない自然現象、あるいは宇宙的な異常として残すこともできた。
製薬会社は、その理解不能な力を浅ましく利用しようとしているだけ。
人間はその力の本質を理解していない。理解できないものに触れてしまった結果、壊れていく。
そういう方向なら、説明不能であること自体が怖さになったはず。
また、製薬会社設定を残すなら、結末はもっと冷酷にするべきだった。
姉弟は終盤で亡くなる形にして、浜の謎と製薬会社の闇を残したまま終わる。
後味は悪い。けれど、そのほうが強引さはなくなった。
真相に近づいたが外へ届かない。脱出方法に気づいたが、時間が足りなかった。製薬会社はまた次の被験者を迎える。
そのほうが、ミステリーとしてもシチュエーションスリラーとしても成立したと思う。
その意味では、『CUBE』のようなシチュエーションスリラーにもできた題材だった。
閉じ込められた空間。外部の理屈が分からない。ルールだけが少しずつ分かる。人間関係が極限状態で崩れていく。
『オールド』は、部屋ではなく浜辺、機械ではなく自然現象、罠ではなく時間を使った「浜辺版CUBE」にできた。
全貌を説明しきらないまま、人間の崩壊と時間の残酷さを描けば、もっと不気味で余韻のある作品になったはず。
逆に、現行版のラストはかなり強引だった。
姉弟が脱出し、外部に真相を伝え、製薬会社の悪事が暴かれる。
物語としては分かりやすいが、冷静に考えると、あの浜辺で起きたすべてをどう立証するのかという問題がある。
その浜に特殊な時間加速現象があること。
製薬会社がそれを認識していたこと。
病気を持つ人間を意図的に送り込んでいたこと。
死亡や失踪の因果関係がその実験にあること。
得られたデータを研究利用していたこと。
これらをすべてつなげなければ、巨大な製薬会社をすぐに裁くことはできない。
では、その立証のために何をするのか。
再現実験をするのか。動物を入れるのか。人を入れるのか。観測機材はどうするのか。
そう考えた瞬間に、ラストの「告発して一件落着」感はかなり危うくなる。
製薬会社設定は、作品全体の足を引っ張っていたと思う。
シャラマン本人が作中にそれなりに意味のある役で出演していたのも、少し気が散った。
カメオ程度ならまだしも、観測者側の人物として出てくるので、「あ、監督本人だ」と意識してしまう。没入感の面では、正直あまりプラスには働いていなかった。
『オールド』は駄作ではない。
普通に面白い。設定も強い。場面ごとの引きもある。キャスティングも良い。
だからこそ腹が立つタイプの作品だった。
「面白かった。けど……」
この「けど」が最後に残ってしまう。
素材は良かった。
もっと人物の心に振り切れば、ヒューマンドラマとして強くなった。
もっと謎を残せば、不条理ミステリーとして強くなった。
もっと冷酷に終われば、シチュエーションスリラーとして強くなった。
でも実際には、製薬会社の説明と告発エンドで、少し安易にまとめてしまった。
シャラマン作品には、こういう「普通に面白かったけど……」が多い。
導入は面白い。設定は気になる。奇妙な空気感も作れる。
でも終盤の設計で、「いや、そこに着地するの?」となることがある。
ネタの強さだけで走っていて、ジャンルの作法や、先人たちが積み上げてきたミステリー・ホラー・ヒューマンドラマの基本へのリスペクトが足りないように感じてしまう。
スティーブン・キングからは、怪異より先に人間を書くことを学べる。
ラヴクラフトからは、説明不能なものは説明しきらないほうが怖いことを学べる。
『CUBE』からは、閉鎖空間のルールと不条理を貫く強さを学べる。
『オールド』は、それらを学び直していればもっと化けた作品だったと思う。
駄作ではない。
でも、もっと良くできた。
だからこそ、もったいない。
そして、映画好きとしては余計に「そこまで材料が揃っていて、なぜその仕上がりなのか」と言いたくなる作品だった。
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