『ライト/オフ』の個人的な考察・感想
『ライト/オフ』の個人的な考察・感想
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①『ライト/オフ』(2016年・アメリカ・監督:デヴィッド・F・サンドバーグ)
② あらすじ(起承転結・ネタバレあり)
起
ある夜、衣料品工場で働くポールは、照明が消えた暗闇の中にだけ現れる異様な人影を目撃する。
照明をつければ消え、消せば近づいてくる。
ポールは必死に明かりを確保しながら逃げるが、最後には暗闇へ引きずり込まれ、何者かに殺されてしまう。
ポールの妻ソフィーは以前から精神的に不安定で、抗うつ薬の服用もやめていた。ソフィーと暮らす幼い息子マーティンは、夜になると母が誰かと話していることに気づく。
母が話しかけている相手の名は、ディアナ。
しかしマーティンに見えるのは、暗闇の中に立つ不気味な人影だけだった。
眠れない日々が続き、学校で倒れたマーティンのもとへ、異父姉のレベッカが呼び出される。
家を出て一人暮らしをしていたレベッカは、かつて自分も同じ家で、同じディアナという存在に怯えていたことを思い出す。
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承
レベッカはマーティンを自宅へ連れ帰ろうとするが、ソフィーは強く反発する。
ソフィーにとってディアナは、単なる怪物ではない。
若い頃、精神科病院へ入院していたソフィーが出会った、かつての親友だった。
ディアナは光に極端に弱い皮膚疾患を抱えており、病院で行われた強い光を使う治療によって死亡したとされていた。
しかしソフィーは、ディアナが今も自分のそばにいると信じている。
レベッカは、ポールが生前に調べていた資料を見つけ、ディアナがソフィーへ異常な執着を抱いていたこと、ソフィーの周囲にいる人間を排除してきた可能性を知る。
さらに、レベッカの実父も突然家を出たのではなく、ディアナによって殺された可能性が浮かび上がる。
レベッカ自身も子どもの頃、暗闇の中でディアナを目撃していた。
つまり、ソフィーの精神状態が悪化するとディアナの存在が強まり、家族へ危害を加える。
そしてソフィーが薬を飲み、精神的に安定すると、ディアナは弱まり姿を消す。
レベッカはマーティンを守るため、ソフィーに治療と服薬を再開させようとする。
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転
レベッカは恋人ブレットの協力を得て、マーティンをソフィーの家から連れ出そうとする。
しかしソフィーは、ディアナを恐れながらも、長年の愛着と依存から完全には切り離せずにいた。
一見するとソフィーはディアナと仲良く話しているように見える。
ところがレベッカは、ソフィーが子どもたちへ「HELP」と書かれたメッセージを密かに残していたことに気づく。
ソフィーは完全に洗脳されていたわけではない。
ディアナを刺激すれば自分や子どもたちが殺されると恐れ、友人のように振る舞っていただけだった。
レベッカたちは家中の照明を確保し、懐中電灯やろうそくを使ってディアナへ対抗する。
ところがディアナは電力を落とし、ブレットやマーティンを襲撃する。
ブラックライトを当てられたディアナの身体には、病院時代の痕跡が浮かび上がる。
彼女はソフィーの幻想だけではなく、他の人間にも見え、現実の身体へ傷をつけられる実在の怪異だった。
レベッカたちは光を武器に抵抗するが、ディアナは暗闇を利用して家族を一人ずつ追い詰めていく。
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結
レベッカとマーティンを守ろうとするソフィーは、ついにディアナへ逆らう。
ディアナはソフィーと強く結びついており、ソフィーが存在する限り消えない。
それを理解したソフィーは、銃を自分へ向ける。
レベッカは止めようとするが、ソフィーは子どもたちを守るため、自ら引き金を引く。
ソフィーが死亡した瞬間、ディアナも消滅する。
レベッカ、マーティン、ブレットは生き残り、到着した警察に保護される。
ディアナによる怪異は終わった。
しかし、その解決は家族が力を合わせて怪物を倒した勝利ではなく、母親が自分の命と引き換えに子どもたちを守るという、あまりにも重い犠牲によってもたらされたものだった。
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③ 考察・感想・まとめ
『ライト/オフ』、映画としては普通に面白かったです。
元になった短編の、
「電気を消すと、そこに何かがいる」
というアイデアがまず強い。
照明をつける。消える。
消す。近づいている。
またつける。いない。
もう一度消す。さっきより近い。
これだけで怖い。
子どもの頃、暗い廊下や部屋の隅に何かいるような気がした、誰にでもある原始的な恐怖を、そのまま映画のルールにしている。
しかも光と闇は映像作品そのものと相性がいい。
画面が明るければ安全。
暗くなれば危険。
観客にも状況が一目でわかる。
シンプルで、わかりやすく、怖がらせ方も上手い。
瞬間瞬間のホラー演出だけを見れば、かなり良くできていました。
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ただ、観終わって少しモヤる。
最初は、倫理的にどうなのかという話なのかと思いました。
ディアナを精神疾患や抑うつの比喩として置いておきながら、最後はソフィーが死ぬことで全部解決する。
見方によっては、
「精神疾患を抱えた人間さえいなくなれば、周囲は救われる」
というメッセージに見えかねない。
そこを問題視する声があるのもわかります。
でも私は、あのラスト自体はそれほど問題だと思いませんでした。
おそらく監督がやりたかったのは、
精神的に不安定な親のもとで育つ子ども。
その親子の軋轢。
壊れかけた家族。
最後には家族が互いを守ろうとする。
そういうホームドラマだったのでしょう。
ソフィーは最後に、ディアナではなく子どもたちを選んだ。
母親として、自分の命を使ってレベッカとマーティンを守った。
物語上の意図はわかる。
問題は、そこではありませんでした。
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一番引っかかったのは、現実側の設定が弱すぎること。
ソフィーは10代の頃、精神科病院へ長期入院している。
そこまで重い精神症状があった。
なのに、その原因も診断もほぼ説明されない。
いつ退院したのか。
どの程度まで回復したのか。
その後の通院や服薬はどうなっていたのか。
家族や医療機関からの支援はあったのか。
そのへんがほとんど見えません。
それなのに退院後、レベッカの父親と出会って結婚し、娘を産み、家庭を築いている。
その後また不安定になり、ディアナが現れる。
レベッカの実父もディアナを目撃し、被害に遭い、最終的には殺されている。
レベッカは成長して家を出る。
そしてソフィーは、また別の男性ポールと出会い、再婚し、マーティンを産む。
ここがどうしても非現実的なんですよね。
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もちろん、精神疾患を抱えていても結婚や出産はできる。
治療を受けながら普通に社会生活を送っている人も大勢います。
問題はそこではない。
この映画のソフィーには、その「安定して暮らせていた時期」を支える現実的な治療や生活の土台が何も描かれていないんです。
医師との継続的な関係。
服薬管理。
再発時の対応。
家族への説明。
病状を理解する支援者。
そういうものがまったく見えないまま、
調子がいいときは結婚して子どもを産み、
悪化するとディアナが現れ、
またいつの間にか回復して再婚する。
必要な場面でだけ症状が前景化する、便利な設定になってしまっている。
ポールはソフィーの過去を調べていました。
それなら、なぜ過去を調べる必要があると思ったのか。
ソフィーから何を聞いていたのか。
再婚前に病歴をどこまで知っていたのか。
結婚後、ディアナが時々現れていたから疑ったのか。
そのあたりも全然詰められていない。
精神疾患を家庭ドラマの中心に置くなら、現実の生活史ももっと丁寧に作る必要があったと思います。
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結果として、
暗闇にだけ現れる怪異の怖さ。
精神疾患を抱える本人の苦しさ。
その親のもとで育つ子どもの大変さ。
全部やろうとして、全部が中途半端になってしまった。
短編のままなら、
「暗闇にいる何か」
だけで良かった。
でも長編化するために、母親の精神疾患、親子関係、過去の病院、ディアナとの友情、再婚家庭まで追加した。
それなら、その追加した現実側の設定をきちんと支えないといけない。
そこを雰囲気で飛ばしたために、家庭ドラマとしての説得力が弱くなっています。
怪異のアイデアは一級品。
でも、その怪異を長編のホームドラマへ接続する背骨が足りない。
そんな印象でした。
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さらに問題なのが、ディアナの生前設定。
ディアナは、光に弱い重い皮膚疾患を持った人間だった。
そこまではわかる。
しかし映画の見せ方では、生前からまるで化け物だったかのように描かれている。
父親を精神的に追い詰め、自殺へ追い込んだ。
病院ではソフィーに強く執着し、周囲の人間を傷つけた。
他人の精神へ干渉する特殊能力を持っていた可能性まで示唆される。
いや、待って。
この子は普通の人間だったのか。
生前から超能力者だったのか。
病気による孤独で精神的に不安定だっただけなのか。
それとも最初から邪悪な存在だったのか。
ここがものすごく曖昧です。
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仮にディアナが、生前から他人の精神へ干渉できたとします。
父親は、皮膚の弱い娘を光から守るため、部屋へ閉じ込めていた。
父親なりに娘を守ろうとしていた。
しかし幼いディアナには、その意図が理解できなかった。
自分を閉じ込める父を憎み、精神へ干渉し、自殺へ追い込んだ。
その後、孤独やトラウマから精神科病院へ入院する。
そこで同じく精神的に不安定だったソフィーと出会い、強く依存する。
大好きなソフィーを傷つけることはあっても、基本的にはずっとそばにいたかった。
その執着から、無意識にソフィーの精神にも影響を与えていた。
こう補えば、一応は筋が通ります。
でも、それを本編はほとんど説明していません。
観客がそこまで全部補わないと成立しないなら、設定としてはかなり弱い。
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ソフィー側も同じです。
何が原因だったかはわからないけれど、入院治療が必要なほど精神を病んでいた。
そんなソフィーにとって、同じ病院にいたディアナは唯一の友達であり、ある意味では光だった。
ソフィーもまた、ディアナに強く依存していた。
だからディアナの死を受け入れられなかった。
まだ生きていると思い込み、頭の中で会話を続けた。
もともとの精神的不安定さに、ディアナを失った喪失と妄想が加わった。
そして、
ディアナの死を受け入れられないソフィーの思い。
ソフィーへの執着を抱えたまま無惨に死んだディアナの魂。
その二つが結びつき、闇のディアナという怪異を作った。
つまり、
ソフィーの妄想が、ディアナの魂を素材として生み出した悲しいモンスター。
こうすると、日本のホラー感覚ではかなりしっくりきます。
生者の執着と、死者の未練が絡み合って化生になる。
元は人間だった。
元は友達だった。
でも互いの依存が死後も切れず、歪み、怪異になった。
この形なら、精神疾患と実在怪異を両立させられる。
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ただし、ここで「ディアナには生前から他人の精神へ干渉する能力があった」という設定は、むしろ邪魔なんですよね。
なくてもいい。
いや、ないほうがずっとスッキリする。
生前のディアナは、重い皮膚疾患と孤独を抱えた普通の少女。
父親との関係がうまくいかず、病院でも周囲へ攻撃的になることがあった。
ソフィーとは、互いに孤独だったから依存し合った。
そして死亡後、ソフィーの妄想とディアナの未練によって怪異化した。
これだけで十分です。
生前から超能力があったことにすると、
なぜその能力があったのか。
どこまで他人を支配できるのか。
ソフィーはどの程度操られているのか。
父親の自殺は完全な精神支配なのか。
死後の能力と生前の能力は同じなのか。
新しい説明が大量に必要になる。
ただでさえ要素が多いのに、さらに余計な謎を増やしてしまう。
この映画は、説明が足りないというより、
削るべき余計な設定を削り切れていない。
そこが惜しいです。
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ソフィーとディアナの関係も、途中でかなりぶれます。
序盤から中盤のソフィーは、ディアナと楽しそうに会話し、かなり親密に見える。
マーティンよりディアナを優先しているようにさえ見える。
完全に共依存状態。
ところが終盤では、ソフィーが「HELP」というメッセージを残していたことが判明する。
実はディアナを刺激しないよう、友達のふりをしていただけだった。
いや、いつから?
どこまで本心?
どこから恐怖による演技?
昔の友人として本当に愛着はある。
でも現在は怖がっている。
その両方なのだとは思います。
ただ、その変化の境目が描かれていない。
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ソフィーは、最初から完全に洗脳されていたわけではない。
だから子どもたちへ助けを求めることができた。
でも、それなら中盤までの異常な親密さは何だったのか。
ディアナの前で演技していたのか。
ディアナへの愛着と恐怖が同居していたのか。
精神状態が揺れるたび、認識も変わっていたのか。
どれも解釈としては可能。
でも、どれが作品の本線なのかはよくわからない。
これが「考察の余地」ではなく、単純に人物設計があやふやに見えてしまう。
ディアナがソフィーの精神を支配しているなら、そのルールを示す。
支配していないなら、ソフィーの共依存と恐怖を丁寧に描く。
どちらかに寄せるだけで、ずいぶんまとまったはずです。
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ディアナが実在の怪異なのか、それともソフィーの病理が生んだ幻想なのか。
そこを曖昧にすること自体は、ホラーとしてありです。
しかし本編では、ディアナはレベッカ、マーティン、ブレット、ポールにも見えている。
物理的に傷つける。
人を殺す。
電気を操作する。
ブラックライトで姿も確認できる。
なので、最終的には完全に実在の怪異です。
だったら、怪異としての存在ルールをもう少し整えるべきだった。
逆に、ソフィーの病理の象徴として強く描きたいなら、ここまで独立したモンスターとして自由に動かさないほうがよかった。
つまり、
実在のゴーストとしては設定不足。
精神疾患のメタファーとしては実体化しすぎ。
両方を取りに行って、接続部が雑になっています。
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本当に惜しい映画なんですよね。
暗闇の中にだけ現れる。
光を当てれば消える。
ソフィーが安定すれば弱る。
不安定になれば強くなる。
このくらいにルールを絞れば十分だった。
ディアナの生前は、孤独な少女。
ソフィーとは共依存関係。
ディアナの死を受け入れられないソフィーの妄想が、死者の未練と結びつき怪異化した。
レベッカは子どもの頃、その共依存に巻き込まれて家を出た。
ポールはソフィーを支えようとしたが、再発したディアナに殺された。
マーティンも同じ危険へ巻き込まれた。
これだけで、暗闇ホラーと家庭ドラマはかなり綺麗につながる。
そこへ父親への精神干渉、生前からの異能、病院での特殊治療などを大量に乗せる必要はなかった。
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だから、この作品は練り込みが甘いというより、
余計な部分の削ぎ落としが甘かった。
そういう印象です。
核はシンプルで強い。
見せ方も凝っている。
光と闇の攻防も面白い。
レベッカ、マーティン、ソフィーという壊れた家族の配置も悪くない。
ブレットも、ホラー映画によくいる役に立たない恋人ではなく、意外と粘って生き残り、ちゃんと助けになる。
良いところはたくさんあるんです。
だからこそ、もったいない。
もっと削って、もっと一本に絞れば、かなり強い作品になったはずです。
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ラストについては、私はそれほど嫌いではありません。
ソフィーが死ぬことでディアナも消える。
この解決は安直ではある。
でも、物語の中ではソフィーとディアナが一つの関係として結びついていた。
ソフィーがその関係を断つには、自分自身を消すしかなかった。
そして最後に子どもたちを選んだ。
母親として何もできなかった人物が、最後には自分の命で子どもを守った。
ホームドラマとしてやりたかったことは理解できます。
問題は、そこへ到達するまでの設定が弱いこと。
ラストが悪いのではなく、ラストを支える過程が足りていない。
そこを混同すると、この作品の弱点を見誤ると思います。
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総合すると、
「短編ホラーの強烈な発想を、長編ホームドラマに広げる際、余計な設定を盛りすぎて軸をぼかした作品」
という感想です。
怖がらせ方は上手い。
暗闇に何かいるという題材も強い。
照明のオン・オフだけで緊張を作る演出は、かなり見事。
でも、
精神疾患。
家族史。
再婚。
治療。
共依存。
皮膚疾患。
生前の異能力。
死後の怪異。
母親の自己犠牲。
そこまで全部を入れたのに、どれも十分には掘り下げられていない。
だから暗闇の恐怖も、精神疾患を抱える大変さも、家族の再生も、全部あと一歩。
失敗作とまでは思いません。
映画としては普通に面白い。
でも、良いところが明確なぶん、弱い部分もはっきり見える。
もう一度脚本を削って、ディアナをただの「超能力怪物」ではなく、
執着と喪失が闇の中で形を取った怪異
くらいに留めておけば、もっと美しく、怖く、切ない作品になったはず。
面白かった。
でも、非常にもったいなかった。
私にとっては、そんな一本でした。
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