『耳をすませば』の個人的には好きくない作品の考察・感想
①『耳をすませば』(1995年・日本・監督:近藤喜文)
② あらすじ(起承転結・ネタバレあり)
起
読書好きの中学3年生・月島雫は、図書館で借りる本の貸出カードに何度も書かれている「天沢聖司」という名前に興味を持つ。
ある日、電車で見かけた猫を追いかけてたどり着いたアンティークショップ「地球屋」で、不思議な雰囲気を持つ老人・西司朗や猫の男爵「バロン」と出会う。
そこで出会った少年こそ、貸出カードの主・天沢聖司だった。
第一印象は嫌味で少し鼻につく少年。しかし彼は以前から雫のことを知っており、図書館でも何度もすれ違っていた。
承
聖司には、将来イタリアでバイオリン職人になるという夢があった。
夢へ一直線に進む聖司を見て、雫は自分だけ何も持っていないことへ焦りを感じる。
自分にも何かできることはないか。
そう考えた雫は、バロンを主人公にした物語を書き始める。
学校も勉強も後回しにして執筆へ没頭し、一つの作品を書き上げる。
転
完成した小説を西司朗へ読んでもらう。
すると、
「原石はある。でもまだ磨かれていない。」
と評価される。
才能はある。
しかし経験も技術も圧倒的に足りない。
その言葉を受け、雫は作家を急ぐのではなく、高校へ進学し、自分を磨いていこうと決意する。
一方、イタリアへ旅立っていた聖司も帰国する。
結
夜明けの丘から街を眺めながら、聖司は雫へ
「将来、俺と結婚してください。」
と告白。
雫も涙ながらにその想いを受け入れ、二人は未来を約束して物語は幕を閉じる。
③ 考察・感想・まとめ
「世間では名作。でも私にとっては駄作。」
まず最初に断っておくと、この作品が世間で高く評価される理由は理解している。
街並みの描写。
音楽。
演出。
作画。
空気感。
青春の眩しさ。
どれもジブリらしく丁寧で、好きな人が多いのも納得できる。
だから私は、
「評価される理由は理解できる。」
これは素直に認めている。
しかし、それと
「自分が名作だと思うか。」
はまったく別の話だ。
そして私にとって、この作品は残念ながら最後まで刺さらなかった。
子供の頃から感じていた違和感
私はちょうど世代ど真ん中。
それでも子供の頃から
「なんか違う。」
という違和感だけはずっと持っていた。
嫌いではない。
でも好きにもなれない。
そして大人になるにつれて、その違和感はどんどん言語化されていった。
今ならハッキリ言える。
この作品、青春が綺麗すぎる。
聖司が「人間」ではなく「物語装置」
聖司というキャラクターは少女漫画の王道そのもの。
最初は少し嫌な奴。
でも実は努力家。
夢がある。
ミステリアス。
他の男の子とは違う。
主人公だけが彼に振り回され、焦り、惹かれていく。
構図としては何も悪くない。
ただ映画として見ると、
聖司自身の人生がほとんど描かれていない。
彼は雫を成長させるためだけに配置された存在に見えてしまう。
つまり人物ではなく、
脚本上の装置。
ここが最後まで気になった。
青春が理想化されすぎている
夢。
恋。
創作。
進路。
全部テーマは素晴らしい。
でも、それらに立ちはだかる現実があまりにも優しい。
家族は理解がある。
大人も理解がある。
恋もうまく進む。
夢も前向きに終わる。
もちろん途中で悩みはある。
でもその悩みすら、
青春イベント
程度で終わってしまう。
人生ってそんなに綺麗じゃない。
もっと理不尽で、
もっと残酷で、
もっと意味もなく傷付く。
そういう「現実の抵抗」が、この作品にはほとんど存在しない。
だから私は、
現実劇なのにファンタジーを見ている感覚
になってしまった。
ファンタジー作品の方が現実味がある皮肉
ここが一番面白いところ。
『耳をすませば』は現代日本が舞台。
一方、
『魔女の宅急便』には魔女がいる。
『千と千尋』には神様がいる。
『もののけ姫』にはシシ神がいる。
なのに、
私には『耳をすませば』が一番ファンタジーに見える。
逆に『魔女の宅急便』は現実味がある。
キキは働く。
自信を失う。
飛べなくなる。
才能が突然使えなくなる恐怖を味わう。
『千と千尋』もそう。
異世界なのに、
労働、
責任、
親離れ、
自己成長、
現実の痛みがちゃんと描かれている。
だからファンタジーなのに人間ドラマとして成立している。
『耳をすませば』だけが逆だった。
現実世界なのに現実の痛みが薄い。
だから一番夢物語に見えてしまう。
この皮肉はかなり大きい。
秒速5センチメートルとの決定的な違い
私が青春作品として高く評価しているのは、新海誠監督の『秒速5センチメートル』。
好きかと言われれば違う。
あれは観ていて本当に辛い。
でも映画としては圧倒的に評価している。
なぜなら、
現実から逃げなかった。
子供にはどうにもできない転校。
距離。
時間。
手紙。
初恋。
すれ違い。
未練。
そして、
初恋を成仏できなかった男が、大人になっても次の恋愛へ進めない。
新しい彼女は、それをちゃんと見抜いて離れていく。
最後に初恋相手が幸せになった姿を知ることで、ようやく主人公は前へ歩き出せる。
私はこの作品を、
「初恋は、成仏させなければ人生を前へ進めない。」
という映画だと思っている。
だから好き嫌いではなく、
逸品。
そう評価している。
結局、映画は何を残したいのか
映画って、
最後に
「何を見せたかったの?」
「何を心に残したかったの?」
そこが一番大切だと思う。
『秒速』はちゃんと残る。
未練。
喪失。
時間。
人生。
全部残る。
一方、『耳をすませば』は、
青春が眩しかったね。
夢っていいね。
恋っていいね。
そこまでは伝わる。
でも、それ以上が残らなかった。
私の中では、
観終わって咀嚼するほどの芯が足りなかった。
だから何年経っても評価が変わらない。
最後に
私はこの作品を否定したいわけではない。
好きな人がいる理由も十分理解している。
だから一般的には名作なのだろう。
でも映画は結局、
「自分の心に何を残したか」
で評価している。
私には残らなかった。
だからこの作品は、
世間では名作。
でも私にとっては駄作。
それが何十年経っても変わらない、この映画への率直な評価である。
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